人間禅道場

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トップ  >  『あけぼの』と私 片野慈啓

 このテーマを頂き、家にしまってあった『あけぼの』20冊を出してきて、これまでに自分が何号でどんな事を書いたのか、読み直す機会を得ました。

 1号から5号までは言ってみれば「自分史」としての『あけぼの』でした。その折々の自分の生活を有りの儘に赤裸々に報告しています。創刊号「3人目の子ども」は母の介護の生活の様子、2号「友への手紙」は亡くなった母や支えてくれた家族や江戸川区の介護サービスへの感謝の気持ちを友への手紙形式で、3号「ヘトヘトの家のブタ小屋住まい」は自宅に茶室「洗翠庵」を造った意味と、その時の家庭の様子、4号「母の三回忌を終えて」は禅に入門した頃の自分の様子を見守ってくれた母への感謝の思いが書いてあります。5号「中央支部茶道部の20年と、私の家族・若き禅子達へ」も、家族や緑水先生をはじめ、当時の茶道部の方々に支えられて、道場に伝わる有楽流の茶道部を細々続けてこられた事への感謝の一文であります。まさに『あけぼの』はその折々の私の目一杯の生活の報告書の様子を呈しています。
 
 6号からは多少趣きがかわりました。6号「女性が参加し易い摂心会のスタイルとは?」では、参加しにくいと感じている摂心会への半ば身勝手な提案をしています。特に仕事もあり、家庭もある女性の立場から「『あけぼの』だから書けた」と告白しつつも、「女性の意向は男性の勢いの中で埋没し、……話題や問題意識も女性ならではの事が表面に出ず……育児・家事・介護のことは仕事中心に活躍する男性に言ってもわからない。」と、はっきり言い切っています。「禅の修行が家庭の中で生かされていかねば修行の意味がない。」……これは今でも続けて持っている私の課題であります。
 
 年々女性が仕事に就く事は普通になって、結婚しても、子供を持っても勤め続ける方が増えていますが、自分自身、仕事と家庭と禅や茶道の両立について悩む事が多く、溜息の如く、夢を書きつらねました。女性の修行のあり方への希望や感情は女性から立ちのぼってくるもの、だから、女性部は女性のそういう思いを前面に出してまとめあげていくもの、そういう立地点でした。
 
 図工教師としての立場からも2つの作品を書きました。7号「図工教師として思うこと……子どもの作品の見方」と18号「四人の娘達との二人三脚の日々」です。「図工」という、作品を自らが生み出す教科を小学校で20年、専科として担当してきましたが、その大もとの教育観はやはり禅によって培われたものであります。一人一人の個性や思いが花開く作品を如何に創作させるか、という工夫をする時、禅は大変大きく私を支えてくれ、豊かな示唆を与えてくれました。一つの有り様にこだわらない柔軟性に富んだ子どもの発想に寄り添うには、日々の坐禅で自分が白紙になっていることが大切だったのです。又、常に安定した状態で授業に臨めたのは、坐禅による力のお陰である、と思っています。
 

 
 10号「私にとって禅とは何か」、15号「禅をやって良かったこと・かわったこと」は、与えられたテーマに添って禅に出会ったことへの感謝と自分にとっての効用を述べています。10号では、禅は私にとって唯摩居士の言われる通り、人様にもお勧めしたいということを、食事の前に唱える「食前の文」に沿い告白しています。15号では、核心と副産物に分け、核心としては1.心身一如……実行できることや正直な気持ちしか言わない、いや、言えない人間になったこと、自分の納得のいかないことには、体が動かない、つまり心と体がいつも一つだ、ということを言っています。副産物としては、1.健康面と2.人間関係に分けて書き、特に人間関係では、茶道部や女性部を通しての知り合いとの交流に感謝しています。15号は平成20年5月発行ですから、今から6年前の文。投稿してしまえば本になった時に目を通す位でほとんどこれまで読み返すことがありませんでしたが。今、6年前の文章を読み、まるで自分以外の別人が書いた文を読むような気分で「ふうん、なる程ね」と、今更ながら当時のことを思い出したり、自分の軌跡をまざまざと見て、うなる思いであります。
 
 10号以後、最近までは、茶道師匠の緑水先生や禅子の会、後の女性部を立ち上げて下さった輯熙庵慧純老禅子ご本人の紹介やその書かれた文章の紹介が続きました。11号「緑水先生追想」、14号「輯熙庵と女性の会」などです。
 14号は特に輯熙庵が亡くなった次の年の平成19年5月の発行だったので、その思い出を書くことがテーマでした。そこにも今後の女性部のあり方を夢を追う様に書いています。「一見女性を前面に押し出しているように見える活動も、実は男性中心の考えをもとにした女性への“おしつけ”であったり、女性をうまく利用しようとする男性の意図が感じられたり……としたら本来の女性部の理念にかなっていない……」とまで書いていて、今更ながら驚いて読み直す次第です。「女性達がその時々の事情に合わせて内容をかえることもできる柔軟な内容の会」「女性の女性による女性の為の会」という文もあり、道筋をつけて下さった輯熙庵への感謝でまとめました。
 
 その後16号「『茶事訣』に触れて」、17号「『茶味―茶禅一味の茶について』の紹介」、19号「輯熙庵慧純老禅子の七回忌を迎えて」、20号「『よきの会』について」と続きます。人間禅に茶道部ができ、“茶禅一味”とは何か、という事を模索し、投稿しました。これについては最近ようやく自分なりの一定の考えがまとまってきた感じがします。これも『あけぼの』に投稿せんとして時間を止めて考察したことが、実りを見たことになります。
 
 今回この「『あけぼの』と私」というテーマを与えられたお陰で、思いがけず20年の振り返りができました。いつも〆切を前にして悪戦苦闘、自慢や自画自賛という訳ではなく、苦しみの中でもがき、その中から紬ぎ出された文の連続。よくやってきたな……という思いで一杯です。それらの文が、もし他の人にも共鳴を与えて、いささかでもその力になるなら、書いて良かった、と思えますが、同時に冷や汗もあります。もうこれからは少し肩の力を抜いて、のんびりやりたい、というのが正直なところです。今やっと社会的な仕事も終え、自分の時間が持てる様になりました。この解放感を存分に味わい、少しずつ近所に坐禅の友を増やしていければ、と思っています。
 
『あけぼの』を初めて作った時、輯熙庵が“創刊号”としました。それを見て私は「まさか慧純さん、この本を毎年出そうという訳ではないですよね。こんなに忙しいのに、もうこれ以上、仕事を作らないでください。」と直接、輯熙庵に訴えた思い出があります。その時、慧純さんは困った様にウフフ……と何とも言えない含み笑いをして答えられた様な遠い記憶があります。しかし今、他の禅子の方々の珠玉の原稿を読ませて頂くと、やはり『あけぼの』には輝く存在価値がある、と認めざるを得ません。全国の禅子の素晴らしい文章が載っているのですから。慧純さんから「年に1回の発行の文集位、慈啓さん、がんばって投稿しなさいよ。」と言い返されそうです。「他では言えない事も、そこでは載せられるでしょ。」と。「やっぱ“創刊号”で良かったのでしょ。」と。
 

『あけぼの』第21号(平成26年5月発行)より転載

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