人間禅道場

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明暗双々

 
      
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    明暗双々        明暗双々(めいあんそうそう) 
 「碧巌録」に「(せっ)(ぽう)是れ什麼(なん)ぞ」という境涯のすこぶる高い一則があり(第五十一則)、これに添えた雪竇(せっちょう)(じゅう)(けん)の頌に「末後の句、君が為に説く。明暗双々底の時節 同条生(どうじょうしょう)()た共に相知り、不同条死(かえ)って珠絶なり」云々という、これまたやかましい句がある。「明暗双々」という語は以前からあったはずであるが、雪竇のこの頌が一つの機縁となって、大いに行われるようになったようである。ところでその意味はどういうことであろうか。
明はいうまでもなく明るいで、昼のことであり、暗は暗いで、夜のことである。明るい昼の光の下では現象界の多様な相がはっきりと見え、大小・長短・黒白・美醜などの差別が歴然と認められる。これに対して夜の暗闇の中では物の綾目(あやめ)はわからず、大小・黒白などの差別は認められない。そこで禅家では古来、明を多様の現象・差別にあて、暗を一味平等無差別の本体・平等にあてるのがならいである。また明を差別歴然の現象という意味で、(しき)(へん)()に配し、暗を一味平等の本体という意味で(くう)(しょう)位に配するのである。なお「双々」とは、二つのものが表裏一体・相即相入の関係にあることの謂いである。
 したがって、「明暗双々」とは明と暗とが表裏の関係をなし、昼と夜とが相則しているように、差別と平等・現象と本体・色と空とが表裏一体・相即相入の関係にあることを説いた語なのである。いわゆる偏正回互(へんしょうえご)三昧(ざんまい)の法理を説いたものなのである。
 これが「明暗双々」の本来の意味なのであるが、これだけではあまりにも抽象的で、これをもう少し拡大して解釈し、生活に近づけ説こうと思う。
 およそ自然の現象と人生における出来事には、必ず明と暗、陽と陰、動と静、活と殺順と逆、福と禍、楽と苦などの二つの対立する契機がはたらいており、しかも陽の中に陰がきざし、陰の中に陽を含み、福と禍とがあざなった縄のような関係にあり、楽は苦の種、苦は楽の種、といわれるように両者は相即相入しあっている。冬の中にすでに春が芽ばえており、夏の中にもう秋が含まれているのが自然の実相である。 その意味で「陰陽双々、苦楽双々….」であり、これが自然と人生の不易の法則であり、またその実相なのである。
 なおこの人生が明暗双々であることを認めて、苦難の逆境にあって落胆せず、明るい明日の到来を信じて強く生き、また楽しく幸福な順境にあって有頂天にならず、じっくり手綱をひきしめ、一歩退いて生きるのが達人の生き方というものである。
 芳賀幸四郎著「新版一行物―禅語の茶掛け」上巻より
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