人間禅道場

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渡驢渡馬
        
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 「趙州無字」「庭前柏樹」などの公案や、「喫茶()」の因縁などで名高い趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)和尚の真面目を示す公案が、「碧巌録」に第五十二則として採録されている。ここに掲げた「渡驢(とろ)()()」という四字一句は、この公案中の一句で、なかでも味わい深い活句である。ちなみにこの公案を書き下すと、
 僧、趙州に問う、「久しく趙州の石橋(しゃくきょう)(した)う。到来すれば只だ掠彴(りゃくしゃく)()を見るのみ」。州云く、「汝、只だ椋彴子を見て、石橋を見ず」。僧云く、「如何なるか是れ、石橋」州云く、「驢を渡し馬を渡す」。 というものである。趙州和尚は河北省の趙州という町の観音院に住していたが、その趙州に天台山・南岳と併せて天下の三石橋と称せられた石橋があった。「嚮う」は仰ぎ慕う意で、また「掠彴子」とは丸木橋のことである。この公案をそのまま通釈すると、
 ある僧が趙州和尚に向かっていった。「趙州の石橋は天下の三石橋の一つとして喧伝されているので、どんなに壮麗な橋だろうか、ぜひ訪れて見たいものだと願っていた。しかし実際に来て見ると、なんのこったい、丸木橋同然の貧弱な橋にすぎんわい」これを聞いて趙州がいった。「お主の眼玉が豆粒のように小さいものだから、ただ丸木橋しか見えず、石橋が目に入らぬのじゃ」そこでその僧が訪ねた。「どれが石橋ですかい。石橋はどこにありますか」趙州が答えた。「驢馬も渡れば、馬も渡る。(こい)(おけ)を積んだ牛車も通れば、王侯の馬車も通るわい。お主のような馬鹿坊主も渡してやるわい。」
 ということになる。しかしその背後には、深くきびしい宗旨が隠されているのである。
 およそ仏祖といいまことの禅者というものは時と場合によっては紫衣を着し金襴の袈裟(けさ)を掛け、威儀堂々と構えることもあるが、いつでも、そう構えているのではない。むしろ墨染めの衣をまとい素足(すあし)で街を歩く布袋(ほてい)さんのように「愚の如く()の如き」風采をし、一向に目立たないのが平常の姿ある。その点、朱塗りの欄干を持つでもない平凡な趙州の石橋とさも似ている。
 次にまた仏といい祖師というものの最大の仕事は、迷える人びとを悟りの彼岸に渡してやること、衆生を済度することである。その場合格別身構えることをしないものである。あたかも布袋さんが街の真ん中を足にまかせて飄々と歩きながら有縁(うえん)と無縁とを問わず、いつのまにか人びとの苦しみを抜き去ってやるように、少しも(りき)まず人びとを済度してしまうものである。禅ではこれを和泥合(わでいがっ)(すい)、・灰頭土面(かいとうどめん)といい、遊戯(ゆげ)三昧(ざんまい)ともいうのであるが、本当の仏祖・大禅者というものは、このように人に褒められようが(けな)されようがケロリカンとして(えん)の下の力持ちをやり、遊戯しながら、当人たちの知らぬまに人びとを済度してしまうものである。まことに心から合掌し讃嘆する一句である。
 芳賀幸四郎著「新刊一行物――禅語の茶掛けー」上巻より          人間禅
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