人間禅道場

〒272-0827
千葉県市川市国府台6-1-16
TEL 047-373-7572
●北総線矢切駅徒歩5分
メインメニュー
ブログ
検索
このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
トップ  >  今月の禅語 平成二十七年一月分
百花為誰開【百花 誰が為に開く】
        
  春ともなると百花はなぜ色とりどりに開き、百鳥は何のために妙なる声をはりあげて歌うのであろうか。生物学的にいえば種族保存のためにということであろう。しかし花や鳥は、そうした「種族保存のために」などということを少しも意識してはいない。むろん、自分の幸福のためになどとも考えていない。ただ内から盛り上がってくる生命力にもようされ、つきあげられ、咲かずにおれなくて咲き、歌わずにおれなくて歌い、本然の自性をおのずから流露させているだけのことである。また花や鳥には、人を楽しませてやろうとか、特定の誰のためにしてやろうとかの意識もない。しかも花や鳥には、自らの美しい色香や妙なる音色を誇る気持もなく、かつ誰彼の別なく万人に大きな喜びや慰めを与えているが、彼らは「人間を喜ばせてやった」と自らの功に誇ることもない。
 自らの本然の性のままに開いて、自らも満足し他をも喜ばせ、しかもいささかもその功に誇ることのない花の在り方・生き方は,自利しようの利他しようのとの意識もなく,ただそうせずにおれなくて自利利他円満の遊戯三昧を行じ、誰彼の別なく万人に無縁の慈悲を知らぬ間に施し、しかもその功に誇ることのない真の宗教家、たとえば観音菩薩や布袋和尚の在り方・生き方と、真によく似ている。「百花誰が為にか開く」とは、まさにこのようにして、あるべき宗教家の理想像を示すものと、私は解釈している。    

 芳賀幸四郎著 『新版一行物―禅語の茶掛―上巻』より 人間禅
プリンタ用画面
前
今月の禅語 平成二十七年二月分
カテゴリートップ
今月の禅語
次
今月の禅語 平成二十六年十二月分