人間禅道場

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金毛獅子【きんもうのしし】
      

 

 京都大徳寺の山門に「金毛閣」という扁額の掲げられていることはご承知の通りである。「金毛閣」の名はこの「金毛の獅子」に基づいたものなのである。獅子は古来百獣の王と称されるが、金毛の獅子とは(ろう)たけてふさふさした金色のたてがみと毛で覆われた獅子ということで、いわば獅子中の獅子のことである。といって、これはむろんいわゆるライオンのことではなく、悟境が円熟し卓抜した道力をそなえた禅者をたとえたものである。「碧巌録」の第三十九則に『僧、雲門(うんもん)に問う、如何なるか是れ清浄法(しょうじょうほっ)(しん)。門云く、()(やく)(らん)。僧云く、便(すなわち)恁麼(いんも)にし去る時如何。門云く、金毛の獅子。』という「雲門の花薬欄」と題する公案があるが、「金毛の獅子」の意味を知る上においての適切な用例である。およそ大徳寺の山門に「金毛閣」という扁額を掲げたのはおそらく(よう)()(げん)(かく)の「証道歌」に
  
栴檀(せんだん)(りん)雑樹(ぞうじゅ)無し            鬱密森沈(うつみつしんちん)とし獅子のみ住す
 
(きょう)靜かに(りん)(かん)にして独り(みずか)ら遊ぶ     走獣飛禽皆な遠く去り
 獅子児のみ
(おお)(しりえ)に随い         三歳にして即ち能く大いに哮吼(こうく)
とあるのに典拠して、「この寺は金毛の獅子とその子獅子のみの住するところである。獅子児にも比すべき勇猛な修行者のみこの門をくぐることを許す」という肚からであろう。
 「金毛の獅子」は、禅家にこのように重んぜられたので、この四字を含んだ禅語は他にも少なくない。その一つの「金毛獅子解蹲地――金毛の獅子、
蹲地(こぢ)()す」は、金毛の獅子がじっと地に(うずくま)っているだけで、威厳おのずからあたりを払うという意味で、大力量をそなえた禅者の威風を形容したものである。但しこの句はまた、獅子が獲物をめがけて跳躍するに先だって身をかがめる様の形容ととって、禅者が他日にそなえてじっくり三昧力をやしなうことの意に解する場合もある。その二は「金毛の獅子奮威出窟―金毛の獅子、()(ふる)って(くつ)を出づ」で、これは禅の修行を一通り終った禅者が、衆生済度の誓願に燃えて、自利清浄の狭い天地から紅塵万丈の世間に打って出ること、本来の意味の「出世――世間に出る」の様子を形容したものである。その三は「金毛獅子変成狗――金毛の獅子、変じて狗となる」で、これに二様の解釈がある。その①は修行に励んで鋭利俊敏な機用を身につけた禅者が、さらに修行を積みに積んだ結果、それらの機用がすっかり影をひそめ、「愚の如く()の如きただの人」に還帰したこと、その②は大禅者が凡俗の衆生を済度のため衆生に混じて遊戯(ゆげ)することである。

芳賀幸四郎著「新版一行物―禅語の茶掛 」 上巻より         人間禅

                                  
 

  
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