人間禅道場

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  天行健【てんこう けんなり】
  
      
    
()
()(
()(  この三字一行は「易経」に「)() ()なり。君子、以て自ら()めて()まず」と
あるのに典拠している。この一文を古来の儒者は、
『日月星辰の運行、昼夜の交代、春夏秋冬の推移などの天・大自然の運行は、
太古から、今に至るまで一刻も休息したり凝滞したりすることなく、かつ整然と
していて、いささかの狂いもなく、まことに
(すこ)やかである。およそ君子たる
ものは、この健やかな天の運行を範とし、これに
(のっと)って毎日毎日、道徳
的な修養に自ら
(つと)め励んで息むことなし、というようであらねばならぬ。』と
解釈している。本来の意味はその通りであるが、私はこれをもう少しひろげて
解釈したいと思っている。
 あれは大学騒動の最高潮に達した昭和四十四年の秋頃であったと思う。
茅屋に遊びに来た大学院学生のK君に、
()い筆で書いた「天行健」の三字を
呈上したことがある。 この句を書いたのは、「秋ともなれば、銀河が夜空に
輝き、涼風が吹き虫がすだき、天の運行はまことに健やかであるのに、人間
社会はどうしてこのように騒動が起こり不健康なのであろうか」という痛切な
嘆きからであった。およそ大自然の運行が健やかで狂いがなく整然としている
のは、そこにいささかの私心も作為もなく、如是法のまにまに
自然法()()だか
らである。
 これに反して人間社会の運行がとかく凝滞したり狂ったりするのは、人間が
何やかやと私心をはたらかせ、こざかしく作為にわたり、ちっぽけな自己に
執着するからである。主義だのイデオロギーだのにしばられて、本来のおお
らかな心を見失っているからである。この点を反省し本
()自性(如是法の分
身)に立ち戻って、天の運行のような健やかさを回復してほしいものだ、という

()
祈りをこめて、この「天行健」の三字を書いたのであった。そしてこれがこの句
に対する私の解釈である。
(芳賀幸四郎著『新版一行物-禅語の茶掛 上巻より  人間禅)
 
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