人間禅道場

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耕不尽  こうふじん     (
 
   
 
   
耕不尽            (  こう  )不尽(ふじん)
 「耕して()きず」と読んでもよいが、「耕せども尽きず」と読んだほうが意味がはっきりする。誰の言葉か知らないが、私の好きな禅語の一つである。
 農家は同じ田畑を毎年耕して、そこから米・麦・野菜などの豊かな収穫をあげているが、いくら耕しても田畑そのものはなくなりはしない。深く耕し、堆肥( たいひ )その他の肥料を十分にやり、場合によっては客土(きゃくど)をして土地改良をやれば、地味はいよいよ肥えて、いつまでもますます豊穣な収穫をもたらすものである。  「耕せども尽きず」とはこの()いなのである。
 しかし私がこの語を好きだといい、禅者がよくこの三字を揮毫するのは、単にそれだけの意味からではない。耕す対象としての田地を「心の田」いわゆる(しん)(でん)の意味にひろげ、「心田は耕せども尽きず」という意をこの語にこめるからなのである。私が禅道の修行にはげむのも、わが心田を深くこまやかに耕して豊かな収穫をあげ、これを自他のために活用しようという誓願からである。
 ところで、お互いの経験を振り返ってみればわかるように、この心田、手入れを怠ればじきに雑草がはびこってしまうが、手入れを怠らず深く耕し、読書やその他で肥料をやれば、そこから豊かな実りが生まれて、尽きることがない。心田は耕せば耕すほど肥沃になり、心は磨けば磨くほど光りを増してくる。そして「釈迦・弥陀も今もって修行最中」という語があるが、心田の耕(うん)は実際どこまで行っても限りがない。この心田は、この意味においても、また「耕せども尽きず」である。
    芳賀幸四郎著『新版一行物―禅語の茶掛―』上巻より     人間禅 
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