人間禅道場

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如是  (か)くの如し  
             
    )
 「如是」とは「()くの(ごと)し」と読み、「このまま、このとおり」ということであるが、 
古来、さまざまな意味に使われている。
 (1)「法華経」をはじめ仏教の経典をみると、その冒頭に()(にょ)()()(もん)━是くの如く我れ聞けり」とある。これは釈尊の入滅後、遺弟らが釈尊の教説を(けつ)(じゅう)した時、十大弟子のなかで()多聞(たもん)(だい)一━記憶力抜群」と称された()(なん)が「釈尊があの時、どこそこの会場で説法されましたが、それを私はこのように聴聞しました。その説法はこうでした」といって、その説法をそのまま再現し、それが基調となって結集が進行したため、「如是我聞」の四字が巻頭に出るようになったのだといわれている。その(はら)は「釈尊の説法をそっくりそのまま、いささかの私見も加えずここに再現している。経巻をひもとく人は、よくこのことを信受して()(ぎょう)せよ」ということである。
 (2)「五燈会元」巻九の(ぎょう)(ざん)()(じゃく)(803~887潙山(いさん)(れい)(ゆう)の法を継ぎ、師に協力して潙仰宗を開いた唐代の僧)の条をみると、仰山がある僧と問答し、その僧の見所をうけがって、
如是、如是。此れは是れ諸仏の護念する所なり。汝も亦た如是。吾も亦た如是。善く自ら護持せよ。
といったとある。このように「如是」は「そのとおり。そのとおり。それでよい」と相手の所説や見所を肯定し、これに賛同する意味に使う場合もある。
 (3)曹洞宗の宗祖(とう)(さん)(りょう)(かい)(807~869)の著「宝鏡三昧」の冒頭に「如是の法、仏租密に付す。汝、今、之を得たり。宜しく善く保護すべし。」とある。これでわかるように「如是」はここにいう「如是法」とほぼ同義に使われることもある。ちなみに「如是法」とは、人間がそれを把得しようと否とに関係なく、無限の過去から無限の未来にわたって、この自然と人生とをつらぬいて活動し、万物を動かしている根本のもの、真如、宇宙の大生命とその理法をさすのであるが、この根本の当体を「如是」というのである。なお、この世に存在するものはすべて宇宙の大生命・如の発現であり、そうでないものは何一つない、この世界に存在するものはすべて在るべくして在り、生ずべくして生じたもので、そのままで真如実相であるというのが、「法華経」の眼目である「諸法実相」の世界観であるが、この世界観に立って一切の存在と人間の営みとを「そのままでよい、そのまま、そのまま」と肯定する場合に「如是、如是」ということもある。なおこの「如是」という語は、如是因・如是果・如是経・如是相などと、種々の語の上に冠して用いられるが、(3)の意味が最も重要である。
 
 芳賀幸四郎(人間禅師家)著  『新版一行物―禅語の茶掛―』上巻より
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