人間禅道場

〒272-0827
千葉県市川市国府台6-1-16
TEL 047-373-7572
●北総線矢切駅徒歩5分
メインメニュー
ブログ
検索
このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
トップ  >  今月の禅語 平成二十四年十二月分
() ()()
不識  不識(ふしき)
 
  
             
    )
     
 六世紀に出て南朝の(りょう)の国の王位につき、仏教を保護し自ら仏典を講じ、仏心天子と称された梁の武帝と、仏教の真髄いわゆる仏心印・禅を伝えようとインドからはるばるやってきた菩提(ぼだい)達磨(だるま)との問答は、「碧巌録」の第一則その他によってご存知のことであろう。その問答の第一段は「無功徳」で、第2段は「郭然無聖」で、本項の「不識」の二字一語はこの問答の第三段すなわち 武帝云く、「朕に対するは誰そ?」 達磨云く、「不識 !!」から出たものである。
 「如何なるか是れ聖諦第一義」と大上段にかまえて問いを発し、「郭然無聖 !!」と達磨に軽くいなされた武帝はスッカリあわててしまい、「朕(皇帝の自称)の目の前にいるその真っ黒な大入道、お主はいったい何者じゃ」と第三の問を発した。
 こう問われて、「インドから参りました禅の沙門・菩提達磨にござります。」とでも答えると思いきや、達磨 間髪をいれず、「不識 !!」と応じた。まさに百雷一時に落ちるの概がある。といって、声の大きいことではない。 
 「不識」とは文字(づら)からいえば、「識らず」ということであるが、文字どおり「知りません」という意味での「識らず」ではなく、ましてや答につまってのごまかしの不識ではない。
 幕末から明治前半にかけての臨済宗きっての傑僧・(こう)川宗(せんそう)(おん)(一八一六~一八九二)がこの「不識」に対し「話尽くす山雲海月の情」と着語(じゃくご)し、「達磨が深長な慈悲心から(はら)の底までまけだして答えてござる」と評しているように達磨はこの「不識」の二字で自己の真面目を()堂々と武帝に示しているのである。
 しかし単なる仏教学者にすぎなかった武帝には達磨の肚、その慈悲あふれる指示がわからなかった。そこで達磨は、「粱の国はまだ仏心印を受容する地盤ができておらん、機縁未だ熟せず」とみて、粱の国を去り長江を渡って魏の国の嵩山少林寺に移り、いわゆる面壁九年の行に入ったのであった。
 「不識 !!」と切って放った達磨の肚はどこにあるのであろうか。それは実参実証明の上で悟得するほかないもので、「我もまた識らず」というほかはない。
 この一軸は達磨忌(十月五日)の茶会などに最もふさわしいものであるが、その他の茶会でも掛けてむろんかまわない。ただその場合には達磨大師に親しく相見する思いで恭しく礼拝して拝見すべきである。                  以上
 著者 如々庵洞然老師(本名 芳賀幸四郎) 人間禅師家 元東京教育大学教授
        大東文化大学教授   文学博士   平成八年没

 
プリンタ用画面
前
今月の禅語 平成二十五年一月分
カテゴリートップ
今月の禅語
次
今月の禅語 平成二十四年十一月分