人間禅道場

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     (かつ)
  
      
    

 古来「臨済の喝、徳山の棒」とならび称されて、臨済 義玄(ぎげん) の喝と

徳山 (せん) (かん) の棒とは、禅家の二大名物とされている。そして全身からほとばしり出るこの喝は「五逆(大悪人)、雷を聴く」とも評される臨済「将軍 の禅」の鋭い宗風をよく示すものである。

 その棒や喝とはいったいどういうものなのであろうか。禅は 禅定(ぜんじょう) 三昧(ざんまい) の力によってこの身ながらに絶対界に、無限の時間と空間をつらぬいて生き生きとはたらいている宇宙の大生命・絶対者と不二一如 (いちにょ)になる(ぎょう)の宗教である。そして釈迦一代の説法・五千四十余巻の経文はこの絶対者 の消息を説いたもので、結構なものにはちがいない。しかしそれは畢竟(ひっきょう )、薬の効能書や画に描いた餅も同然で、実際に腹の足しにはならない。そこで一切の説明をやめ、自己が 徹底その絶対者そのものになりきり、絶対者の活作用を全体としてズバリとはたらかせたもの、それが喝なのであり棒なのである。一喝の なかに五千四十余巻の経文も千七百則の公案もみな含まれ一棒のうちに殺活・与奪のはたらきがそっくりそなわっているのである。そのこ とを臨済は「有る時の一喝は金剛王宝剣の如く、有る時の一喝は()地獅子(ぢしし)の如 く、有る時の一喝は探竿(たんかん)影草 (ようそう)の如く、有る時の一喝は一喝の (ゆう)()さず。」と説いている。

喝の一字、よく味わっていただきたい。

    『新版一行物(禅語の茶掛)上巻』芳賀幸四郎(人間禅師家)著より
 
                         人間禅

 
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