人間禅道場

〒272-0827
千葉県市川市国府台6-1-16
TEL 047-373-7572
●北総線矢切駅徒歩5分
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ブログ - ブログカテゴリのエントリ

倒れてもなお…

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人間禅道場 2020/1/4 16:48
 昨年の9月5日、千葉県を中心に甚大な被害を出した台風15号の強風。家そのものが地震のように揺り動かされたのを思い出す。
 朝になって庭に出てみると、50年ほどになる臘梅(素心)の幹が折れて倒れていた。
 幸い、根本に近いところから分かれていた直径数センチほどの細い幹が残ったのと、もう一本の臘梅(満月)は無傷で済んだ。


木, 屋外, 植物, 座っている が含まれている画像

自動的に生成された説明

 驚いたのは、倒れた幹の生命力だ。倒れたとき、すでに小さな花の蕾を付けていた幹だが、その蕾がしばらく持つことはあっても、大きくなることはないだろうと思っていた。
 ところが、命をつないだ細い幹の蕾と同じように、月日とともに蕾がふくらんでいく。そして、ついに臘月の末になって、枝の一部の蕾が開いた!

 木の芽、花の蕾もまだ固い真冬の寒気の中にあって、この花ばかりは倒れてなお蕾を育て、花を開き、人を酔わせる香りを放つ。


屋外, 植物, 地面, 座っている が含まれている画像自動的に生成された説明

徳利山 記
 
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外が薄暗い午前5時、寒さと緊張感でピリッと張詰めた道場にて、小さい子供から大人まで剣士達が坐禅している。




ここは、“剣禅一味”を標榜する人間禅附属『宏道会』剣道場である。1224日から28日まで5日間恒例の寒稽古が行われている。



 



 

坐禅、体操の後は、直心影流『法定の型』の努力呼吸、運歩、肚から声を出して激しい打ち込み、機先を制する八相からの打ち込みである。



そして、残り最後まで切り返しである。宏道会の切り返しは、長く、全力を出すことを目的としている。大きく刀を使い、息を吐き切りながら「メンメンメン・・・」と繰り返す切り返しの稽古は正直キツイ・・・。キツイが終わった後の清々しさは何ものにも代え難い。
ここの剣道は本当に素晴らしい。やってみれば分かります。理屈抜きです。剣道初心者も老若男女を問わず門戸がひらかれています。

寒稽古は残り2日、明日からは“掛かり稽古”もあります。これまたキツイが、目標「大きな声を出して稽古する!!」を肚に据えて、頑張ろう!

玉道 記


 
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急告「新春スペシャル静坐会 絶対に眠ってはいけない禅堂24/2時!」のご案内

擇木道場では、毎週金曜日の夜と土曜日の朝(基本宿泊)にかけて「東京で一番遅い坐禅会」と題して、青年部主催の静坐会を行っています。
 新年令和2年の初回は、1月3日(金)から4日(土)にかけて開催します。

 新春を迎え、年初に1年の坐禅修行の気合を入れると共に、交友を深める目的で、
「新春スペシャル静坐会 絶対に眠ってはいけない禅堂24/2時!」
と題し(念の為ですが、タイトルは、某大晦日お笑い特番の「オマージュ」です)、徹宵静坐(夜通しの坐禅)をしつつ、参加者同士で「ご供養」を持ち寄り、歓談をすることを企画しております。
1月3日午後7時、静坐開始以後、禅堂で静坐を一炷香(45分間)した後、居士寮で休止(懇親会)を一炷香(45分間)し、これを夜通しで翌1月4日朝まで繰り返します。全て参加すれば6時間静坐ができます!
 新春から気合を入れて坐りたい、道友と交流を深めたいと思われる方は是非ご参加下さい。 

〈スケジュール〉
*途中参加、途中退出が可能です。ご都合のよろしい時間帯にご参加下さい。
 (令和2年1月)
(18:00)実務担当者・有志 集合準備
 19:00 静坐一炷香目 
 19:45 休止
 20:30 静坐二炷香目
 21:15 休止
 22:00 静坐三炷香目
 22:45 休止
 23:30 静坐四炷香目
1/4 
  0:15 休止
  1:00 静坐五炷香目
  1:45 休止
  2:30 静坐六炷香目
  3:15 休止
  4:00 静坐七炷香目
  4:45 休止
  5:30 静坐八炷香目
  6;15 片付け・掃除
  7:00 解散

 〈参加条件〉
・会員 参加費不要。
任意で、ご供養(飲食物、アルコール可)を持参していただければ幸いです。
なお、蝶野正洋の如く、気合の入った警策を打てる助警のできる方は大歓迎。
・一般 参加費 500円 ただし、初回の方は坐禅指導料込1000円。日をまたいで参加される方は、宿泊費として2000円の喜捨をお願いいたします。


〈その他〉
・徹宵静坐なので、禅堂ではしっかり坐っていきますが、適宜、途中で休まれたり、居士寮、禅子寮等で睡眠をとっていただいて結構です。
・「何事をやろうとするにも能く働き、そして能く休まねばならぬ。」(釈宗演『禅学大衆講話』57頁)というところで、スケジュールに余裕を持たせています、「こんなイベントを自分でやりたい」というアイディアがあれば、実務担当者(英風)までご連絡下さい。

〈担当者〉
・麻生古道(金曜静坐会主担当者、青年部) 
・折原英風(本静坐会実務担当、青年部。連絡先ayitmita@yahoo.co.jp

「新春スペシャル静坐会 絶対に眠ってはいけない禅堂24/2時!」のご案内










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市川静坐会&忘年懇親会

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人間禅道場 2019/12/22 18:06

”市川静坐会&忘年懇親会”


 


1214日土曜日18時から市川静坐会に参加しました。


開催場所は、市川中央公民館でなかなか風情がある建物です。


参加者は、総勢12名と多く気合を入れて坐れました。


静坐後は、JR本八幡駅近くのサイゼリアで忘年懇親会。


こちらは、11名の参加でした。


色々な世代の集まりで、とても盛り上がりました。


今回の市川静坐会は、389回目の開催。400回目の記念開催には、


また参加しようと思います。


 


光舟記


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◆回想ーーー小川心耕さん(2

   『君と一夕話』

~君と一夕話、読むに勝る十年の書~

          徳利山

日暮里駅からJR鶯谷駅方面に向かって4500メートルほど歩いたか、ふと、商店街の道端で目に止まった手書きの言葉があった。
  君とともに春風に座し
  秋月を分かたんと欲す
なぜこんなところに、こんな風雅な句が!?…と近づいてみると、その句の横に居酒屋の入り口があって、どうやらその居酒屋のキャッチコピーらしい。写真を撮ってその場を過ぎた。


後日、何か出典がある句かも知れないと思って調べてみると、徳川時代から明治・大正を中心に広く普及し、多くの文人・教養人に愛読された『酔古堂剣掃』(すいこどうけんすい)の中に次のような句があることを知った。
「肝胆相照らせば、天下と共に秋   月を分かたんと欲す。意気相許せば、天下と共に春風に座せんと欲す」
刺身居酒屋新太郎のキャッチコピーは、どうやらこの句を詰めたものに違いなさそうだ。

心耕さんの父、無得庵こと小川忠太郎先生は、宏道会での稽古後の座談の中で時々安岡正篤師の話をされたが、『酔古堂剣掃』は、その安岡正篤師が推奨する中国明末の名著である。
時の教養人陸紹?(りくしょうこう)が長年愛読した儒仏道の古典の中から、会心の名言・嘉句を抜粋して収録した読書録だ。

その中に、「君と一夕話…」というのがある。
「君と一夕話(いっせきわ)、読むに勝(まさ)る十年の書」
一夕話とは、ある晩語られた話のこと。十年かけて勉強したり読んだ本より、君と一晩語りつくしたほうがずっといい、という意。

この名句を思い出すたびに目に浮かぶ光景がある。何年前のなんの会の時だったか、日暮里の擇木道場で心耕さんと二人、飲み明かした時のことである。
いつものように静かに、しかし沈黙の間も、お互いに吐く息吸う息を味わっていた。通う心の「さざ波」…
気がつくと、小鳥の声を聞いていて、それぞれの帰途についた。



旅の電車の中で、旅の宿で、海のそばで、山の中で、滝川のほとりで、花の下で、月の下で……一体どれだけの時間を心耕さんと酌み交わしたことだろう?!
そんな、二人のひとときを思うとき、浮かんでは口ずさむ詩が、真山民の漢詩「山中の月」だった。
詩中の「月」が、心耕さんと重なるからだろう。
そしてそこに、この詩を大学の吟詠部時代に二人で合吟した親友米井が重なる。
「月」と「我れ」と「親友」が溶け合う。

  我れは愛す
  山中の月
  烱然(けいぜん)として
  疎林に掛かるを
  幽独の人を
  憫(あわれ)むが為に
  流光衣襟(いきん)に散ず
  我が心本(こころもと)
  月の如く
  月も亦(また)
  我が心の如し
  心と月と
  両乍(ふたつなが)ら
  相照らし
  静夜長(とこしな)えに
  相尋ぬ


   *烱然…皎々と輝くさま。*
   疎林…木がまばらに生えてい
   る林。*幽独…孤独。*衣襟 
   …衣の襟(えり)元。*心本
   …本来の私(の心)。   

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蠟八摂心は1215日(日)からになります!


 


蠟八とは蠟月八日を指しており、お釈迦様が128日に悟りをひらき、仏道を成就されたことにちなみ、僧堂では古来から蠟八摂心を行っております。
我々人間禅でも、蠟八摂心を各地で行っており、最後の晩は徹宵(眠らずに夜通し座禅に打ち込むこと)することが習わしとなっております。
このたび、市川市の人間禅本部道場にて1215日から22日まで首都圏の支部禅会各部合同で摂心会を開催いたします。もちろん、初めての方も大歓迎です。
さあ、今年の心の大掃除を一緒にやりませんか!
お待ちしております!!

玉道 記



今年の心の大掃除!一緒にやりませんか!

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流祖墓参

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人間禅道場 2019/10/19 16:52
人間禅中央支部の富嶽です。
小野派一刀流開祖である小野忠明、忠常の墓参に行ってまいりました。
人間禅道場に附属する剣道団体である宏道会は今年で63周年。毎年恒例行事の流祖墓参は53回目になります。
宏道会が10周年の時に一刀流17代宗家の笹森先生から「お墓が荒れてるのにお世話ができていないから」と声をかけられたのがきっかけでスタートしたこの墓参行事。最初の時の墓参は何年も掃除されていなかったので、ものすごく荒れていたらしいです。
今年は二度の台風の影響で、木は倒れているわ枝葉が道を塞いでいるわで最初の時の墓参の状況はわかりませんが、例年に比べてかなり掃除のしがいがある状況でした。




今回は禮楽堂から海和先生もご参加頂き、総勢21名で大掃除。ノコギリで竹を切ったり枝を切ったり、チェーンソーで倒れた木を切ったり、山と積もった枝葉の山で見えなかった地面を掃いて足の踏み場を作ったりとなかなかの大仕事でしたが、人手があると作業が捗ります。



途中で雨が降ってきたので、今回は掃除とお参りのみで、奉納演武や読経は出来ずじまいとなりました。
ですが、終わってみればこの光景。




上の写真と比べても見違えるような光景が気持ちいいですね。一人一人線香を上げ手を合わせ、最後は集合写真を撮って流祖墓参は終了となりました。
小野派一刀流開祖である小野次郎右衛門忠明と二代目忠常の墓。場所は成田山新勝寺にほど近い場所にあります。千葉県指定史跡ともなっています。我ら宏道会が稽古している小野派一刀流の小野忠明・忠常の墓。ぜひお立ち寄り下さいませ。

【小野忠明・忠常の墓】
千葉県成田市寺台542-2
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第6回『人間形成と禅』輪読会

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人間禅道場 2019/9/29 20:57

6回を迎える今回の内容は、「B.人生をどう味わうべきか?」「Ⅲ.宗教について」の最終章である「14.文化人に宗教は不用か?」から始まりました。

この章は本当にしびれる内容でした。宗教に対する偏見や先入観を丁寧な説明で取り除き、本当の宗教とはどういうものかが明快に記されています。名誉総裁老師も、この章を読み、人間禅で修行をする肚を決めたと仰っていました。

以下、一部分を引用したいと思います。

「死に対する恐怖におそわれ、何か永遠なるもの聖なるものにそのつながりを見出して、安心して笑って死にたいというような気持ちが起こったとき、愚痴とは知りつつもどうにも耐えられない悲哀にとざされ、大きな温かい慰めの手にすがりつきたいというような気持が起ったとき、誰が何といってもこれが正しいのだ、この正しさの前には、今死んでも満足であるというような、確固たる内部的な心のよりどころを得たいと思ったとき、罪に怖れ因果に戦いてやるせなくなり、どうぞして、この因果の絆をぶち切ってくれる救いをと求めてやまないとき、避けがたい死に対決して、自己の有限性と相対性をまじめに反省して無常感にひたったとき“これだ!”と奮い立つ自覚に燃えたいとき、これらの場合にこそ、理屈抜きで宗教的のものが要求せられるのです。」

「それでは、人間はどうすればよいのか?人生をどう味わうべきか?という問題に、真剣に取り組んでいる、自己に対してほんとうに親切な人々に対して、この無限絶対に対する根本的欲求をどう捌いたらよいのでしょうか?そこに、ほんとうの宗教の存在の必然性があるのであります。即ち、有限的相対的な自己と無限的絶対的のものとの間に、正しい通路を打ち立て、自己を、その絶対者の裡に正しく位置づけるのが、ほんとうの宗教なのです。そして、自己がその無限絶対の中に正しく位置づけられたのを発見したとき、人々はそこに、初めて真の安心と真の満足とを得るのであります。この状態を宗教では、救済されたと言い、悟りを開いたと言うのです。即ち、自己に絶望し自己を棄て切って、自己以外の絶対者にひたすら縋るのが他力宗であり、自己の裡に無限絶対のものを見出し、ひたすら自己を絶対者にまで育て上げるのが自力宗であります。」

ここまで宗教について熱く、明快に説かれているものが他にあったでしょうか?宗教は一部の人が信仰するものではなく、ほんとうの宗教は人間である以上、必然的な必須なものであるということが良く分かり感動的な内容でした。「俺は宗教に頼りたくない。」「私は無宗教なの」「宗教ってイメージが・・・」という方も、すでに宗教を信仰している方にも、ぜひ一読願いたいとお薦めします。

輪読会では、名誉総裁老師、総裁老師も臨席され、質問にお応えいただいたり、解説いただけたりと充実した内容となっております。次回は、1123日(土)です。一緒に「人間形成と禅」輪読を通じて、立田英山老大師に迫ってみませんか?お待ちしています!

                       玉道 記

第6回『人間形成と禅』輪読会






『人間形成と禅』輪読会発足にあたって 

                人間禅総裁 葆光庵丸川春潭

この著書は人間禅第一世総裁である耕雲庵立田英山老師が、『立教の主旨』が宣布されてから10年間構想を積まれて出版されたものであり、人間形成の禅とはどういうものなのか、すなわち「人間禅」とはどういう会なのかを世界に開示された著作であります。

その当時の会員(会員番号が400番未満)は全員、座右と書かれた右に自分の名前も書かれた老師署名の『人間形成と禅』をいただきました。小生もまだ道号のない本名を書かれご著書を頂きました。エピソードですが、その当時の旧参の者が所用で老師に相見した際、老師から座右と書いて渡しているのに鞄の中にこの本を入れていないと厳しく叱られたことがあったようです。ことほど左様に耕雲庵老師は、人間禅の会員はこの『人間形成と禅』を常に生活の規範にしてほしいと願われていたのであります。

小生が総裁になっての最初の年頭の垂示(平成19年1月3日)において会員の皆さん全員に、この『人間形成と禅』をもう一度読み直すようにお願い致しました。しかるにそれ以降に入会した方は既に450名余にのぼり、この垂示を直接聞いていない方の方が現在の人間禅では多くなっているのです。

座右の教えをしっかり将来に引き継ぐために、青年部が中心になって人間禅の原点たるべき『人間形成と禅』を読み且つ味わう勉強会を立ち上げてほしいと先日お願いし、禅セミナーの一コマに入れさせていただいた次第であります。


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中央支部摂心会に参加しました

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人間禅道場 2019/9/25 19:45

 擇木道場の風印です。

 市川にある人間禅本部道場で921日まで開催していた中央支部摂心会に参加しました。私は14日夜から参加して、16日朝に仕事のため下山して、19日夜に再度入山しました。


 道場に一泊して朝の座禅の後、再びお茶のご相伴にあずかりました。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 お茶碗や茶杓も手作りのものを多く使っていて味わい深かったです。お茶碗も作るほどに形が整ってくるんですね。


 午前の作務では何かの花の芽が出ているのを見つけました。


中央支部摂心会に参加しました


 何の花か気になっていたんですが、Twitterでフォロワーの方に彼岸花と教えて頂きました。

 道場の先輩が22日に咲いた彼岸花の画像をTwitterに上げてくれていて、20日朝には蕾だったのに花の咲くのは早いものだなと思いました。毎年お彼岸の季節に咲くのは不思議ですね。


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 午後の作務では集めた落ち葉を房総道場にトラックで運びましたが、私も一緒に連れて行ってもらいました。

 房総道場は千葉県四街道市の郊外の林の中にある座禅道場です。畑の中を突っ切ってかなり奥まったところに入って行ったので、本当にこんな所に道場があるのか心配になったのですが、ちゃんとありました。


中央支部摂心会に参加しました

房総道場名物の三日月岩


中央支部摂心会に参加しました

房総道場


 台風の被害でかなり木が折れていましたが、道場は運良く無傷だったそうです。台風は恐ろしいですね。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 道場ではシイタケの栽培もやっているそうです。


中央支部摂心会に参加しました


 今回房総道場はお休みでしたが、11月に摂心会が開催されるそうなので、ぜひ参加したいと思いました。


 再び市川の道場に戻ってシャワーを浴びた後、皆で座禅をしました。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 静謐な空間で座禅が出来るのは有り難いです。


 今回の摂心中に(本当はスマホ禁止なんですが^^;)道場に来なくなった方(以下Aさん)とSNSでお話する機会があって、宗教をやっているような人は弱くて可哀想で惨めな人というお言葉を頂きました。

 私自身特に信仰があるわけではないし、宗教をやっているという意識は乏しいのですが、自分自身に省みて全くその通りだなぁと反省しました。

 一般からみても宗教というと煙たがられたり、変な人と思われるのが普通ではないでしょうか。実際私自身も変な人ですし^^;

 しかし、考えてみると誰でも弱いところはある気もしますし、よく観察すれば誰でも変なところはある気もします。

 私は921日、22日に鎌倉の建長寺で開催されたZen2.0に参加したのですが、広島大学名誉教授でありがとう禅を開催されている町田宗鳳さんから「近づいてみればまともな人間は一人もいない」「禅とは発狂すること」というお話がありました。

 発狂というのはネガティブなものではなく、既存の常識や世間体をぶち破って新しいことを創造するということではないかと思います。もしかすると禅にはそういう力があるのかもしれません。


 Aさんには依存や関係性は束縛を生むというお言葉も頂いたのですが、同じくZen2.0で講演された京都大学大学院教育学研究科 助教授の藤野正寛さんに質問させて頂いて、「つながりと束縛は別のものであり、全ての人は繋がっている。独占欲が束縛を生むので、相手との関係に自我や欲望を載せないことが大切」と教えて頂きました。

 私自身は、在家のまま泊まり込みで座禅や公案の修行が出来る場は中々無いと思いますし、人が成長するには他の人との関わりが不可欠と思っていますので、スポーツの合宿などでも構わないと思いますが、会社とは別に共同生活を出来る場を提供して頂いているのはとても有り難いと思っています。

 Aさんには大変厳しいお言葉を頂きましたが、貴重な気づきの機会になりました。


 座禅は敷居の高いイメージがあると思いますし、お寺の修行ほどではないにしてもそれなりの厳しさはあると思います。また、働きながら摂心に参加するのは中々難しいと思うので、人に勧めていいものか迷うところもあります。

 私自身は道場や道友の皆さんがとても好きですので、そのご縁を大切に、今後も座禅修行を続けていきたいと思っています。


合掌 風印 拝



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中央支部摂心会に参加中です

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人間禅道場 2019/9/16 19:40

 擇木道場の風印です。


 市川にある人間禅本部道場で914日~921日まで開催中の中央支部摂心会に参加中です。


 


 私は14日の夜から参加しました。


 


中央支部摂心会に参加中です


 


中央支部摂心会に参加中です


 


 道場には大量の布団が用意してあるので、それを使って寝泊まりすることもできます。道場で夜遅くまで座禅して、それから帰宅して次の日仕事だと厳しいと思っていたんですが、道場に泊まれば次の日仕事でも何とかなることに最近気付きました^ - ^


 


 道場に泊まった人は、朝5時に板木(ばんぎ)の音とともに起床し、掃除の後、座禅をします。本部道場には剣道場があるので、剣道の師範が助警[じょけい:警策(けいさく)を持ち、修行者が懈怠(けたい)なく座禅しているかどうかを見廻る役目の人]をしてくれます。助警が目の前に来たときに合掌して頭を下げると、警策で背中を叩いてくれます。上手い人が叩くととてもいい音がしますが、それほど痛くなく、眠気が覚めてスッキリします。


 


 座禅の後は、お茶のご相伴にあずかりました。毎回違うお茶菓子を頂くのですが、今回は房総支部の道場で取れた栗を甘く味付けしたお菓子でした。柔らかくて奥まで味がしみていて、とても美味しかったです。


 


 お茶の後は朝食を食べて、皆で作務をしました。私は庭木用の大きなバリカンを使って庭木の剪定をしました。一人では途方もない量に感じてさっぱりやる気になりませんが、皆でやると何故か一生懸命やってしまいます。今回初めて参加された方も頑張って作務をされていたのが微笑ましかったです。私もそれほど参加していませんので、偉そうなことは言えませんけどね(^^;)


 


中央支部摂心会に参加中です


 


 作務の休憩に、皆で梨とお菓子を、梅酢を薄めたものとハブ茶を飲みながら食べました。私が葉っぱ塗れになっているのを見て先輩が顔を洗ってきた方が良いよと言ってくれましたが、別の先輩に自分だけ働いてきたような顔をしていると言われました。確かに、普段から自分ばかり大変な思いをしていると感じることもありますので、その自分勝手な気持ちを見透かされたのでしょう。ちょっと反省しました。


 私が剪定した庭木の写真です。


 


中央支部摂心会に参加中です


 


 ちょっと不揃いな気もしますが、素人なりに頑張りましたということで、ご容赦下さい(^^;)


 


 作務の後は再び座禅です。摂心会中は師家(禅の師匠)に参禅(公案を用いて禅問答によって境地を開く臨済禅の修行)することも出来ます。参禅では師家に公案の見解(けんげ:回答のこと)を呈するのですが、公案の答えをネットや本で調べまくったせいでドツボにハマってしまい苦労しました。素直に考えれば分かることでも、難しく考え過ぎて却って答えから遠ざかることもある気がします。分別を知った上で、子どものように素直な心を取り戻すのが座禅の修行なのかもしれません。まあ私は何も分かってませんけどね(^^;)


 


 摂心会の夜には提唱(摂心会の期間中に行われる講座)があります。私は作務で疲れたのか眠くなってしまいましたが、提唱は「禅の高い境涯から出てくる講座なので、提唱の意味を理解するのはとても難しいものがあるが、頭で理解するよりも全身を耳にしてただ聞けば良いとされる。」そうです。


 今回の題目は十牛図(じゅうぎゅうず)です。十牛図は禅の悟りに至る十のプロセスを牛の絵で表した図です。私もいつか牛のしっぽくらい捉まえられたらなぁと思います。


 


 今年の6月にタイのスカトー寺に行った時に晴れやかな気分になれたのは、それまでの社会常識や慣習、価値観への囚われから一時的に解放されたからではないかと思います。趣味などでも構いませんが、仕事や家庭とは別に、こんなこともあるよと教えてくれる場を持つのはとても良い事ではないかと思います。


 摂心会中は修行に専念するために修行者同士の会話は出来るだけ控えたり、決められた作法を守る必要があるので、それなりの厳しさはありますが、仕事のような利害関係も無く、様々な年齢や職業の方と接する機会を持つのはとても勉強になります。


 今回の摂心会は21日まで開催中ですので、興味のある方は是非お越し下さい。私も19日の夜から再度参加します。


 


合掌 風印 拝


 


<人間禅本部道場>


道場所在地 千葉県市川市国府台6-1-16


電 話 047-372-7572


交通アクセス


●北総線矢切駅下車、徒歩5分


●JR総武線市川駅北口1番乗り場から松戸駅行きor松戸営業所


行きバス乗車、栗山下車、徒歩7分


●JR常磐線・千代田線松戸駅西口3番乗り場から市川駅行きバス


乗車、矢切駅下車徒歩4分


 


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