人間禅本部道場

〒272-0827
千葉県市川市国府台6-1-16
TEL 047-373-7572
●北総線矢切駅徒歩5分
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吹き抜ける風が何とも心地よく感じる季節になりました。

63日(土)~4日(日)、第10回中央支部参禅会を開催しますのでご案内致します。

土曜日の夜から日曜日の朝までの短期の参禅会ですので、 日中の用事がある方でも参加しやすい時間帯となっています。

坐禅に興味がある方、是非、 ご参加ください。

 

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仕事帰りにご参加いただけます

日課は土曜夜から日曜朝となっています。ご都合に合わせて部分参加もしていただけます。

 

ご興味があればどなたでも

通常の静坐会と異なり、参禅会では老師がご指導くださいます。希望者は直接お話を伺うことも可能です。この機会に是非どうぞ。

日程

6/3(土)

集合 19:40

坐禅 20:00

参禅 21:00 *希望者

懇親会 21:30

 

6/4(日)

起床 5:00

坐禅 5:30

参禅 6:30 *希望者

茶席・朝食 7:15

終了 8:00

参加費  参禅会費500円、懇親会500円、宿泊費500円、朝食200

会  場 人間禅本部道場(市川市国府台6-1-16

お問い合わせ・お申し込み先 :  :http://keiyo.ningenzen.jp/ modules/ccenter/  

 

::::::::::::::::

 

得道 拝

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クマガイソウ

カテゴリ : 
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執筆 : 
人間禅道場 2017/5/7 14:41


本部摂心のお茶室に活けられた一風変わった花、「クマガイソウ」。

その名の響きも手伝ってか、この花が「絶滅危惧種」と聞くと余計に異彩を放って見える。

と言って、「熊が居そう」の意にあらず。「熊谷草」と表記される。
さては埼玉県の熊谷に因んだ名か?それとも人の名か?
調べてみると、郷土熊谷の武将熊谷直実(なおざね)からとっていることが分かった。

熊谷直実、源頼朝をして「日本一の剛の者」と言わしめた武将である。

花の形が、直実が矢よけに背負った母衣(ほろ)に似ていることから付けられた。

『平家物語』の、熊谷直実が平敦盛を討ったエピソードは、歌舞伎の人気演目の一つだ。

熊谷には「直実(なおざね)」という地酒があるが、その純米大吟醸を飲んでみると、意外や「剛の者」どころか、まろやかな甘味と香りがして、むしろ「エレガント」な味わいであった。

自分の子ほどの若者敦盛を討ったことに戦の無情、世の無情を感じ、心に深い傷を負った直実は、後に出家して敦盛を弔い念仏三昧の日々をおくる。
日本酒「直実」の味わいに、「剛の者」直実の一面を思った。

剣禅一味の道人小川忠太郎(無得庵小川刀耕)先生も熊谷のご出身。宏道会では毎年熊谷まで先生のお墓参りをしているが、熊谷駅前で目に付くのが熊谷直実の馬に跨がって甲冑をまとった勇ましい銅像である。



クマガイソウは、日本の野生蘭の中では一番大きいとされるラン科の花で、地下茎で増える。種から育てるのは極めて難しいらしい。

お茶席のクマガイソウは自然豊かな人間禅房総支部から供されたもの。抱石庵鉄漢老居士をはじめ道友が大事に見守る中、現在50株ほどに増えているという。

奥深い林の中の房総支部。確かに「熊が居そう」ではある。


徳利山
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土曜静坐会に母子で参加されたSさんより、感想をいただきましたのでブログに掲載します。

 

~~~~~ ~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~

 

道場長さま

 

先日はお世話になりました。

一人で瞑想するのとは違い、非日常の中で心を落ち着かせることができ、

とても気持ちよかったです。

また、いかに雑念だらけでたったの5秒として無になれていないことを

再認識しました。。。

 

子どもにとってもいい経験だったと思いますし

本人にまた行きたいか聞いたところ

行きたいと言っていたので、正直驚きました。

 

なかなか毎週参加するのは難しいのですが

行けるときには参加させていただきたいと思っているので

また行けるときに予約させていただこうと思っています。

 

丁寧にご説明等していただき、ありがとうございました。

また親子共々宜しくお願いします。

 

(後略) 

 

~~~~~ ~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~

 

読者の皆さまもふるってご参加ください、お待ちしております。

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人間禅道場には多種多彩なひとが集まっています。

シリーズ道友(2) 王将を熱唱する妙義軒元山居士

 

松戸五葉塾出身、学生時代から坐り続けて50年。
毎週木曜夜に松戸坐禅会(松戸市勤労会館)を運営している
妙義軒小松元山居士のご職業は司法書士です。
 
酒をこよなく愛し、十八番は村田英雄♪王将。
力強い歌声で二番の歌詞「愚痴も言わずに女房の玉泉~」と、
さらりと歌い上げる姿は、泣けます…

写真は、東京第一支部長時代から縁の深い日暮里谷中にある
擇木道場創建100周年記念前夜祭にて撮影
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シリーズ道友(1) 佐藤妙珠禅子

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執筆 : 
人間禅道場 2017/3/16 6:30
人間禅道場には多種多彩なひとが集まっています。

シリーズ道友(1) 有楽流の抹茶を呈する佐藤妙珠禅子



有楽流茶道師範の佐藤妙珠禅子は、元小学校教諭。
千葉大園芸学部ご出身でお花のことは何でも知っておられます。
他界された旦那さま(照隅庵佐藤廬山老居士)との仲睦まじいエピソードも満載です。
 
毎朝、道場の畑をまわり、草取り手入れをされるその後ろ姿には
頭が下がります。

写真の扁額「喫茶去」は、鎌倉円覚寺 
楞迦窟釈宗演老師の書
 
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摂心会懇親会

カテゴリ : 
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執筆 : 
人間禅道場 2017/3/10 20:00
摂心(せっしん)中は、無駄口を叩くな!
「黙」
 
だから懇親会ではハジけちゃいます。
新しく仲間に加わった大連出身の馬さんと肩を組んで歌い踊る未来の担い手()

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~もうすぐ第6回仏教講座ですよ~

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執筆 : 
人間禅道場 2017/3/9 17:36

次回は3月26日(日)14時30分から、東京・日暮里駅そば擇木(たくぼく)道場にて、華厳経の第二回講義となります。14時からは前回までの復習説明もあります。初めての方でもぜひいらしてください。

さて、第5回仏教講座参加者からの感想です。

ごきげんようの玉道です。みなさん、「華厳経」というお経は知っていますか?

おそらく、聞いたことはあるのではないかと思います。お経というと漢字ばかりで難しそうですよね。自分なんかも、坐禅をした後に、お経を唱えることがありますが、意味も考えずに、ただ一生懸命にお経を唱えることが多いです(笑)。読経三昧になることも大切だと思いますが、その意味を知ることもまた、大切だと思います。しかも、この「華厳経」とは、釈尊が悟りを開かられたその時を壮大に語ったものとなっていて、仏教の教えがここに、ギュッと凝縮されているそうです。

それは、

~~この世は、すべての存在が関与し依存し合い、見えない大きな因縁のはたらき「無尽の縁起」による、すなわち「事事無礙法界」の姿をしている~~

という教学です。

ただ、これは大変長いので、要所を取り出して初級編として2回に絞り、1回目は教義について、2回目は善財童子の菩薩への成長の旅を取り上げるとのことで、今回はその1回目でした。

それでは、ここで紹介したい部分を、テキストから抜粋します。

 

第二章 廬遮那仏品       教主廬舎那仏の世界

「十の教え」

① 【事事無礙法界縁起】

「一切の世界海は、無数の因縁によって成り立っている。すべては因縁によってすでに成立しおわっており、現在成立しつつあり、また将来も成立する。ここに言う因縁とは次の事を指している。如来の神通力、物事はすべてありのままである、衆生の行為や宿業、すべての菩薩は究極のさとりを得る可能性を有している、菩薩が仏の国土を浄めるのに自由自在である、これこそ世界が成立する因縁である。

 世界はすべてが安定している。なぜなら廬舎那仏は無量無辺のすべての世界海を浄めたもうているからである。」

 

② 【相互依存的安定】

「一々の世界海では一々の小さな塵の中に仏の国土が安定しており、一々の塵の中から仏の雲が湧きおこって、あまねく一切をおおい包み、一切を護り念じている。一つの小さな塵のなかに仏の自在力が活動しており、その他一切の塵のなかにおいても廬舎那仏の現れなのである。」

 

③ 【形態】 一即一切 一切即一 

・・・一一の微塵の中に、一切の法界を見る

「一切の世界海には種々の形態がある。あるいは円、あるいは四角、あるいは三角、八角、あるいは水が曲がりくねって流れるように、あるいは花の形のようにさまざまである。

 諸仏の国土は心業によって起り、計り知れないほどのさまざまな形があって、仏力によって荘厳されている。その国のすべてのものはそれぞれ自由自在であって、無量の姿を現わしている。浄いものもあれば汚れたものもあり、苦しみもあれば楽しみもあり、ものごとが常に流転するにつれてその姿も移り変わっていく。

 

 一本の毛の孔のなかに無量の仏国土が荘厳されており、悠々として安定している。

(一毛孔の中に無量の仏刹あり。荘厳清浄にして、曠然として安住す・・・ありようにブレがない)

すべての世界には種々の形があり、どの形の世界のなかでも尊い仏法が説かれている。それこそが廬舎那仏の説法である。それはあたかも幻のようであり、また虚空のようでもあり、もろもろの心業の力によって荘厳されている。」

  どんな取るに足らないと思われるものにも、汚いものにも、無量の仏の国が詰まっている。心を空にすればその浄土が見える。また、現実のものを通じて華厳蔵世界に入っていくことができる。

 

=======================================

 華厳経の最重要思想・・・事事無礙法界縁起と一即一切・一切即一

立田英山著「人間形成と禅」 P117 大乗仏教の要諦

 人間禅創始者立田英山老師(以下、耕雲庵英山老師)は、大乗仏教の説明に「華厳経」と主とし「般若心経」と「法華経」を従として教理と行の説明をする、と書いておられる。

 

仏教は「空」を悟れば教理は自ずから判る。華厳蔵世界の思想の理論的基盤である「即」もここから出ているので、空の説明をする。

大乗の空観は「体空観」・・・あるがままに空。

これを理解するには「般若心経」の色即是空 空即是色を解説するのが良い。

「即」とは、不二・一如の意。色と空は別のものでもないが同じものでもない。色は相対差別、空は絶対平等を現わしている。色は色でありながらそのまま空、空でありながら色、空を離れて色があるのではなく、空に即した有であるので、これを「妙有」という。空も有に即した空であるので「真空」という。「真空妙有」が大乗の空観。これを納得するには悟りの世界まで踏み込まねばならない。

  

 平等と差別は相反する事実とされているが、本当は「平等即差別」「差別即平等」である。人間の顔は十人いれば十人違うが、皆等しく人間としての人格を持っていることについては平等。この真理を敷衍していけば、自由即平等、個即全体、物即心など、対立すると見える事柄もそのままで矛盾が解消され、和が保てる。これは大乗仏教の重要な教理で涅槃の思想もここに根拠を置いている。

華厳蔵世界とは理想の楽土のこと。普通は理想の世界と現実にズレがあるものだが、大乗仏教の世界観では現に今、華厳蔵世界の真っただ中にあると観る。

<法界円具>理法が行われている世界、大宇宙とか自然のこと。何一つとして単独なる存在はなく、皆ことごとく互いに相い縁り相互に依存し合って存在しているという観方。衆生と言う言葉も衆縁和合して生ずる、と言う意味。一切万物、宗縁和合しないで生ずるものはひとつもない。単独の存在はない。植物無くして動物はないように、それぞれが独自の面目を保ちつつ相互依存して調和して存在しているのである。そこにはなんの優越も遜色もなく一切平等でそれぞれ真理を具現して並んでいる。法界縁起は華厳蔵世界の原因、法界円具はその結果である。このように華厳宗では、法界円具の思想を法界縁起説で説明するのである。

<一即一切 一切即一>一は一切に関連している。一は唯一の真理を現わし、一切とはあらゆる事象を現わしている。

お経では、帝釈天の宮殿を覆っている網、因陀羅網に喩えている。無数の網の目ごとに水晶の玉が結び付けられていて、中央に灯火を点じると火影が全部に映り、お互いに移しあっていると説明する。

よって、千差万別の事柄そのものがそのまま真理である、理想の楽土をあえて将来に求めなくても、このまま華厳蔵世界の真っただ中である、という思想が成り立つのである。

 

どうでしたか?少し難しいかもしれませんが、現実世界の在り方を表しています。まさに、現実この世界が、華厳蔵世界であると。そして、すべてのものが繋がっていて、どれ一つが欠けても成り立たないということですよね。切り離されて個々が存在するのではないのです。例えが悪いのですが、世間では、人の不幸は蜜の味とか、同僚が失敗するのを見て、「あっ自分ではなくて良かった」とかありますが、そんな、ちっちゃい話ではないのだと。あいつの幸せが、自分とも地続きでつながっている、そもそも、すべて全体の中につながった存在なのである。この辺りの話は、講師の笠倉玉渓先生の分かりやすい図で、すっきり分かりました。これは、目からウロコです。図を見てください。<泡>と<海>の関係です。泡が、個人と考えてみてください。この泡を上から見ると、つながっていないで、個々で存在していますが、横から見ると、実は、すべて全体の中でつながった存在なのである。色即是空、泡は色(個)であるが、それが即、空(全体)である。そして、空即是色でもある。仮に、泡が消えてしまった、つまり、死んでしまったとしても、全体の中に戻るだけである。この捉え方は、「千の風になって」の世界観と一致するところだと思います。

~~私のお墓の前で 泣かないでください 

そこに私はいません 眠ってなんかいません  千の風に  千の風になって

あの大きな空を  吹きわたっています~~
この図を見れば、「華厳経」の内容も理解が深まるのではないでしょうか。今回の仏教講座では、この図を教えていただいたことが何よりもの収穫でした。私たちは、普段、上からという一方面だけで世界を見て、ものごとを捉えがちですが、本当はそうではないのです。この横からの視点というのがなかっただけなのです。実際の世界は、このようなつくりになっているということを認識しないといけません。ただ、もちろんこれは知識として知っただけで、これを本当に理解するためには、坐禅の行が必要なのは言うまでもありません。華厳経の世界観を知識として勉強できて、体験として納得できるのは、人間禅だけです!!!一緒に、欲張りませんか?
               
               
                
    
  
  
  
 
 

次回は3月26日(日)14時30分から、東京・日暮里駅そば擇木(たくぼく)道場にて、華厳経の第二回講義となります。14時からは前回までの復習説明もあります。初めての方でもぜひいらしてください。

さて、第5回仏教講座参加者からの感想です。

ごきげんようの玉道です。みなさん、「華厳経」というお経は知っていますか?

おそらく、聞いたことはあるのではないかと思います。お経というと漢字ばかりで難しそうですよね。自分なんかも、坐禅をした後に、お経を唱えることがありますが、意味も考えずに、ただ一生懸命にお経を唱えることが多いです(笑)。読経三昧になることも大切だと思いますが、その意味を知ることもまた、大切だと思います。しかも、この「華厳経」とは、釈尊が悟りを開かられたその時を壮大に語ったものとなっていて、仏教の教えがここに、ギュッと凝縮されているそうです。

それは、

~~この世は、すべての存在が関与し依存し合い、見えない大きな因縁のはたらき「無尽の縁起」による、すなわち「事事無礙法界」の姿をしている~~

という教学です。

ただ、これは大変長いので、要所を取り出して初級編として2回に絞り、1回目は教義について、2回目は善財童子の菩薩への成長の旅を取り上げるとのことで、今回はその1回目でした。

それでは、ここで紹介したい部分を、テキストから抜粋します。

 

第二章 廬遮那仏品       教主廬舎那仏の世界

「十の教え」

① 【事事無礙法界縁起】

「一切の世界海は、無数の因縁によって成り立っている。すべては因縁によってすでに成立しおわっており、現在成立しつつあり、また将来も成立する。ここに言う因縁とは次の事を指している。如来の神通力、物事はすべてありのままである、衆生の行為や宿業、すべての菩薩は究極のさとりを得る可能性を有している、菩薩が仏の国土を浄めるのに自由自在である、これこそ世界が成立する因縁である。

 世界はすべてが安定している。なぜなら廬舎那仏は無量無辺のすべての世界海を浄めたもうているからである。」

 

② 【相互依存的安定】

「一々の世界海では一々の小さな塵の中に仏の国土が安定しており、一々の塵の中から仏の雲が湧きおこって、あまねく一切をおおい包み、一切を護り念じている。一つの小さな塵のなかに仏の自在力が活動しており、その他一切の塵のなかにおいても廬舎那仏の現れなのである。」 

 

③ 【形態】 一即一切 一切即一 

・・・一一の微塵の中に、一切の法界を見る

「一切の世界海には種々の形態がある。あるいは円、あるいは四角、あるいは三角、八角、あるいは水が曲がりくねって流れるように、あるいは花の形のようにさまざまである。

 諸仏の国土は心業によって起り、計り知れないほどのさまざまな形があって、仏力によって荘厳されている。その国のすべてのものはそれぞれ自由自在であって、無量の姿を現わしている。浄いものもあれば汚れたものもあり、苦しみもあれば楽しみもあり、ものごとが常に流転するにつれてその姿も移り変わっていく。

 

 一本の毛の孔のなかに無量の仏国土が荘厳されており、悠々として安定している。

(一毛孔の中に無量の仏刹あり。荘厳清浄にして、曠然として安住す・・・ありようにブレがない)

すべての世界には種々の形があり、どの形の世界のなかでも尊い仏法が説かれている。それこそが廬舎那仏の説法である。それはあたかも幻のようであり、また虚空のようでもあり、もろもろの心業の力によって荘厳されている。」 

  どんな取るに足らないと思われるものにも、汚いものにも、無量の仏の国が詰まっている。心を空にすればその浄土が見える。また、現実のものを通じて華厳蔵世界に入っていくことができる。

 

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 華厳経の最重要思想・・・事事無礙法界縁起と一即一切・一切即一

立田英山著「人間形成と禅」 P117 大乗仏教の要諦

 人間禅創始者立田英山老師(以下、耕雲庵英山老師)は、大乗仏教の説明に「華厳経」と主とし「般若心経」と「法華経」を従として教理と行の説明をする、と書いておられる。

 

仏教は「空」を悟れば教理は自ずから判る。華厳蔵世界の思想の理論的基盤である「即」もここから出ているので、空の説明をする。

大乗の空観は「体空観」・・・あるがままに空。

これを理解するには「般若心経」の色即是空 空即是色を解説するのが良い。

「即」とは、不二・一如の意。色と空は別のものでもないが同じものでもない。色は相対差別、空は絶対平等を現わしている。色は色でありながらそのまま空、空でありながら色、空を離れて色があるのではなく、空に即した有であるので、これを「妙有」という。空も有に即した空であるので「真空」という。「真空妙有」が大乗の空観。これを納得するには悟りの世界まで踏み込まねばならない。

  

 平等と差別は相反する事実とされているが、本当は「平等即差別」「差別即平等」である。人間の顔は十人いれば十人違うが、皆等しく人間としての人格を持っていることについては平等。この真理を敷衍していけば、自由即平等、個即全体、物即心など、対立すると見える事柄もそのままで矛盾が解消され、和が保てる。これは大乗仏教の重要な教理で涅槃の思想もここに根拠を置いている。

華厳蔵世界とは理想の楽土のこと。普通は理想の世界と現実にズレがあるものだが、大乗仏教の世界観では現に今、華厳蔵世界の真っただ中にあると観る。

<法界円具>理法が行われている世界、大宇宙とか自然のこと。何一つとして単独なる存在はなく、皆ことごとく互いに相い縁り相互に依存し合って存在しているという観方。衆生と言う言葉も衆縁和合して生ずる、と言う意味。一切万物、宗縁和合しないで生ずるものはひとつもない。単独の存在はない。植物無くして動物はないように、それぞれが独自の面目を保ちつつ相互依存して調和して存在しているのである。そこにはなんの優越も遜色もなく一切平等でそれぞれ真理を具現して並んでいる。法界縁起は華厳蔵世界の原因、法界円具はその結果である。このように華厳宗では、法界円具の思想を法界縁起説で説明するのである。

<一即一切 一切即一>一は一切に関連している。一は唯一の真理を現わし、一切とはあらゆる事象を現わしている。

お経では、帝釈天の宮殿を覆っている網、因陀羅網に喩えている。無数の網の目ごとに水晶の玉が結び付けられていて、中央に灯火を点じると火影が全部に映り、お互いに移しあっていると説明する。

よって、千差万別の事柄そのものがそのまま真理である、理想の楽土をあえて将来に求めなくても、このまま華厳蔵世界の真っただ中である、という思想が成り立つのである。

 

どうでしたか?少し難しいかもしれませんが、現実世界の在り方を表しています。まさに、現実この世界が、華厳蔵世界であると。そして、すべてのものが繋がっていて、どれ一つが欠けても成り立たないということですよね。切り離されて個々が存在するのではないのです。例えが悪いのですが、世間では、人の不幸は蜜の味とか、同僚が失敗するのを見て、「あっ自分ではなくて良かった」とかありますが、そんな、ちっちゃい話ではないのだと。あいつの幸せが、自分とも地続きでつながっている、そもそも、すべて全体の中につながった存在なのである。この辺りの話は、講師の笠倉玉渓先生の分かりやすい図で、すっきり分かりました。これは、目からウロコです。図を見てください。<泡>と<海>の関係です。泡が、個人と考えてみてください。この泡を上から見ると、つながっていないで、個々で存在していますが、横から見ると、実は、すべて全体の中でつながった存在なのである。色即是空、泡は色(個)であるが、それが即、空(全体、命そのもの)である。そして、空即是色でもある。仮に、泡が消えてしまった、つまり、死んでしまったとしても、全体の中に戻るだけである。なくなってしまったのではなく、在り方を変えただけなのである。この捉え方は、「千の風になって」の世界観と一致するところだと思います。

~~私のお墓の前で 泣かないでください 

そこに私はいません 眠ってなんかいません  千の風に  千の風になって

あの大きな空を  吹きわたっています~~
この図を見れば、「華厳経」の内容も理解が深まるのではないでしょうか。今回の仏教講座では、この図を教えていただいたことが何よりもの収穫でした。私たちは、普段、上からという一方面だけで世界を見て、ものごとを捉えがちですが、本当はそうではないのです。この横からの視点というのがなかっただけなのです。実際の世界は、このようなつくりになっているということを認識しないといけません。ただ、もちろんこれは知識として知っただけで、これを本当に理解するためには、坐禅の行が必要なのは言うまでもありません。華厳経の世界観を知識として勉強できて、体験として納得できるのは、人間禅だけです!!!一緒に、欲張りませんか?
               

               
                
  

  
  
  

  

 
 
 

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北寮茶庭に咲く紅い椿

カテゴリ : 
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執筆 : 
人間禅道場 2017/3/7 8:00

茶室から庭に出たら、紅い椿の花が出迎えてくれました。

青い空と対照的で映えますなぁ。
 

春はもうすぐそこまで来ています。

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朝の参禅を終えて、お茶を一服する千鈞庵霞山老朝の参禅を終えて、お茶を一服する千鈞庵霞山老師。
有楽流お点前で凛とした美しさを醸し出す亭主露香禅子は
顔出しNGのため、ぼかしております悪しからず。
有楽流お点前で凛とした美しさを醸し出す亭主露香禅子は顔出しNGのため、ぼかしております悪しからず。
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市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
しし



市川市国府台(こうのだい)に建つ人間禅本部道場には
樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。

そのうちの一本、桜の枝でこしらえコツコツとこしらえた
自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。
道場への感謝と愛おしさが感じられる逸品です。

 
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
市川市国府台に建つ本部道場には樹齢百年を超える樹木が生い茂っています。そのうちの一本、桜の枝でこしらえた自作の茶杓を披露したのは亭主の露香禅子。愛おしさが感じられる逸品です。
 
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