人間禅道場

〒272-0827
千葉県市川市国府台6-1-16
TEL 047-373-7572
●北総線矢切駅徒歩5分
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ブログ - ブログカテゴリのエントリ

流祖墓参

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人間禅道場 2019/10/19 16:52
人間禅中央支部の富嶽です。
小野派一刀流開祖である小野忠明、忠常の墓参に行ってまいりました。
人間禅本部道場に附属する剣道団体である宏道会は今年で63周年。毎年恒例行事の流祖墓参は53回目になります。
宏道会が10周年の時に一刀流17代宗家の笹森先生から「お墓が荒れてるのにお世話ができていないから」と声をかけられたのがきっかけでスタートしたこの墓参行事。最初の時の墓参は何年も掃除されていなかったので、ものすごく荒れていたらしいです。
今年は二度の台風の影響で、木は倒れているわ枝葉が道を塞いでいるわで最初の時の墓参の状況はわかりませんが、例年に比べてかなり掃除のしがいがある状況でした。




今回は禮楽堂から海和先生もご参加頂き、総勢21名で大掃除。ノコギリで竹を切ったり枝を切ったり、チェーンソーで倒れた木を切ったり、山と積もった枝葉の山で見えなかった地面を履いて足の踏み場を作ったりとなかなかの大仕事でしたが、人手がいると作業が捗ります。





途中で雨が降ってきたので、今回は掃除とお参りのみで、奉納演武や読経や出来ずじまいとなりました。
ですが、終わってみればこの光景。





上の写真と比べても見違えるような光景が気持ちいいですね。一人一人線香を上げ手を合わせ、最後は集合写真を撮って流祖墓参は終了となりました。
小野派一刀流開祖である小野次郎右衛門忠明と二代目忠常の墓。場所は成田山新勝寺にほど近い場所にあります。千葉県指定史跡ともなっている我ら宏道会が稽古している小野派一刀流の小野忠明忠常の墓。ぜひお立ち寄り下さいませ。

【小野忠明・忠常の墓】
千葉県成田市寺台542-2
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四季折々(9)

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人間禅道場 2019/10/16 10:42

藷つくる花壇のありて保育園  戸塚 義幸

 散歩の途中芋畑を見つけた。「おやこんな所に」と驚いてみると、子供の声もあり、保育園だった。この納得感を句とした。花壇は四季折々の花の咲くのを楽しむところであるが、この保育園では、子供たちの秋の芋ほり行事のため、花壇にサツマイモを植えているのだ。子供たちの事を考えると、トマトやキュウリでは駄目だ。保育園と藷がマッチした句。おいしい焼き芋が今年も食べられるぞ!
(『俳林』15号より)

飯田幽水

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四季折々(8)

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人間禅道場 2019/9/30 9:56

寂庵

虫時雨嵯峨野の道の夜は深し 大熊蕉山

 嵯峨野と言えば、渡月橋、天竜寺、平家物語の祇王、定家の小倉百人一首、俳句の落柿舎など次々と思い出される。ブラタモリ風に言えば京都の縁で、竹林と紅葉の名所だ。しかし、現在、瀬戸内寂聴師が天台の僧侶として、活動する所でもある。多くの人は昼間の観光で夜の嵯峨野を知らない。作者の寂庵訪問の印象句だが、夜、周辺を歩いて昼間との違いに驚き、虫時雨に一層嵯峨野の闇の深さを感じたのであった。
(「俳林」15号より)

飯田幽水

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第6回『人間形成と禅』輪読会

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人間禅道場 2019/9/29 20:57

6回を迎える今回の内容は、「B.人生をどう味わうべきか?」「Ⅲ.宗教について」の最終章である「14.文化人に宗教は不用か?」から始まりました。

この章は本当にしびれる内容でした。宗教に対する偏見や先入観を丁寧な説明で取り除き、本当の宗教とはどういうものかが明快に記されています。名誉総裁老師も、この章を読み、人間禅で修行をする肚を決めたと仰っていました。

以下、一部分を引用したいと思います。

「死に対する恐怖におそわれ、何か永遠なるもの聖なるものにそのつながりを見出して、安心して笑って死にたいというような気持ちが起こったとき、愚痴とは知りつつもどうにも耐えられない悲哀にとざされ、大きな温かい慰めの手にすがりつきたいというような気持が起ったとき、誰が何といってもこれが正しいのだ、この正しさの前には、今死んでも満足であるというような、確固たる内部的な心のよりどころを得たいと思ったとき、罪に怖れ因果に戦いてやるせなくなり、どうぞして、この因果の絆をぶち切ってくれる救いをと求めてやまないとき、避けがたい死に対決して、自己の有限性と相対性をまじめに反省して無常感にひたったとき“これだ!”と奮い立つ自覚に燃えたいとき、これらの場合にこそ、理屈抜きで宗教的のものが要求せられるのです。」

「それでは、人間はどうすればよいのか?人生をどう味わうべきか?という問題に、真剣に取り組んでいる、自己に対してほんとうに親切な人々に対して、この無限絶対に対する根本的欲求をどう捌いたらよいのでしょうか?そこに、ほんとうの宗教の存在の必然性があるのであります。即ち、有限的相対的な自己と無限的絶対的のものとの間に、正しい通路を打ち立て、自己を、その絶対者の裡に正しく位置づけるのが、ほんとうの宗教なのです。そして、自己がその無限絶対の中に正しく位置づけられたのを発見したとき、人々はそこに、初めて真の安心と真の満足とを得るのであります。この状態を宗教では、救済されたと言い、悟りを開いたと言うのです。即ち、自己に絶望し自己を棄て切って、自己以外の絶対者にひたすら縋るのが他力宗であり、自己の裡に無限絶対のものを見出し、ひたすら自己を絶対者にまで育て上げるのが自力宗であります。」

ここまで宗教について熱く、明快に説かれているものが他にあったでしょうか?宗教は一部の人が信仰するものではなく、ほんとうの宗教は人間である以上、必然的な必須なものであるということが良く分かり感動的な内容でした。「俺は宗教に頼りたくない。」「私は無宗教なの」「宗教ってイメージが・・・」という方も、すでに宗教を信仰している方にも、ぜひ一読願いたいとお薦めします。

輪読会では、名誉総裁老師、総裁老師も臨席され、質問にお応えいただいたり、解説いただけたりと充実した内容となっております。次回は、1123日(土)です。一緒に「人間形成と禅」輪読を通じて、立田英山老大師に迫ってみませんか?お待ちしています!

                       玉道 記

第6回『人間形成と禅』輪読会






『人間形成と禅』輪読会発足にあたって 

                人間禅総裁 葆光庵丸川春潭

この著書は人間禅第一世総裁である耕雲庵立田英山老師が、『立教の主旨』が宣布されてから10年間構想を積まれて出版されたものであり、人間形成の禅とはどういうものなのか、すなわち「人間禅」とはどういう会なのかを世界に開示された著作であります。

その当時の会員(会員番号が400番未満)は全員、座右と書かれた右に自分の名前も書かれた老師署名の『人間形成と禅』をいただきました。小生もまだ道号のない本名を書かれご著書を頂きました。エピソードですが、その当時の旧参の者が所用で老師に相見した際、老師から座右と書いて渡しているのに鞄の中にこの本を入れていないと厳しく叱られたことがあったようです。ことほど左様に耕雲庵老師は、人間禅の会員はこの『人間形成と禅』を常に生活の規範にしてほしいと願われていたのであります。

小生が総裁になっての最初の年頭の垂示(平成19年1月3日)において会員の皆さん全員に、この『人間形成と禅』をもう一度読み直すようにお願い致しました。しかるにそれ以降に入会した方は既に450名余にのぼり、この垂示を直接聞いていない方の方が現在の人間禅では多くなっているのです。

座右の教えをしっかり将来に引き継ぐために、青年部が中心になって人間禅の原点たるべき『人間形成と禅』を読み且つ味わう勉強会を立ち上げてほしいと先日お願いし、禅セミナーの一コマに入れさせていただいた次第であります。


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中央支部摂心会に参加しました

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人間禅道場 2019/9/25 19:45

 擇木道場の風印です。

 市川にある人間禅本部道場で921日まで開催していた中央支部摂心会に参加しました。私は14日夜から参加して、16日朝に仕事のため下山して、19日夜に再度入山しました。


 道場に一泊して朝の座禅の後、再びお茶のご相伴にあずかりました。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 お茶碗や茶杓も手作りのものを多く使っていて味わい深かったです。お茶碗も作るほどに形が整ってくるんですね。


 午前の作務では何かの花の芽が出ているのを見つけました。


中央支部摂心会に参加しました


 何の花か気になっていたんですが、Twitterでフォロワーの方に彼岸花と教えて頂きました。

 道場の先輩が22日に咲いた彼岸花の画像をTwitterに上げてくれていて、20日朝には蕾だったのに花の咲くのは早いものだなと思いました。毎年お彼岸の季節に咲くのは不思議ですね。


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 午後の作務では集めた落ち葉を房総道場にトラックで運びましたが、私も一緒に連れて行ってもらいました。

 房総道場は千葉県四街道市の郊外の林の中にある座禅道場です。畑の中を突っ切ってかなり奥まったところに入って行ったので、本当にこんな所に道場があるのか心配になったのですが、ちゃんとありました。


中央支部摂心会に参加しました

房総道場名物の三日月岩


中央支部摂心会に参加しました

房総道場


 台風の被害でかなり木が折れていましたが、道場は運良く無傷だったそうです。台風は恐ろしいですね。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 道場ではシイタケの栽培もやっているそうです。


中央支部摂心会に参加しました


 今回房総道場はお休みでしたが、11月に摂心会が開催されるそうなので、ぜひ参加したいと思いました。


 再び市川の道場に戻ってシャワーを浴びた後、皆で座禅をしました。


中央支部摂心会に参加しました


中央支部摂心会に参加しました


 静謐な空間で座禅が出来るのは有り難いです。


 今回の摂心中に(本当はスマホ禁止なんですが^^;)道場に来なくなった方(以下Aさん)とSNSでお話する機会があって、宗教をやっているような人は弱くて可哀想で惨めな人というお言葉を頂きました。

 私自身特に信仰があるわけではないし、宗教をやっているという意識は乏しいのですが、自分自身に省みて全くその通りだなぁと反省しました。

 一般からみても宗教というと煙たがられたり、変な人と思われるのが普通ではないでしょうか。実際私自身も変な人ですし^^;

 しかし、考えてみると誰でも弱いところはある気もしますし、よく観察すれば誰でも変なところはある気もします。

 私は921日、22日に鎌倉の建長寺で開催されたZen2.0に参加したのですが、広島大学名誉教授でありがとう禅を開催されている町田宗鳳さんから「近づいてみればまともな人間は一人もいない」「禅とは発狂すること」というお話がありました。

 発狂というのはネガティブなものではなく、既存の常識や世間体をぶち破って新しいことを創造するということではないかと思います。もしかすると禅にはそういう力があるのかもしれません。


 Aさんには依存や関係性は束縛を生むというお言葉も頂いたのですが、同じくZen2.0で講演された京都大学大学院教育学研究科 助教授の藤野正寛さんに質問させて頂いて、「つながりと束縛は別のものであり、全ての人は繋がっている。独占欲が束縛を生むので、相手との関係に自我や欲望を載せないことが大切」と教えて頂きました。

 私自身は、在家のまま泊まり込みで座禅や公案の修行が出来る場は中々無いと思いますし、人が成長するには他の人との関わりが不可欠と思っていますので、スポーツの合宿などでも構わないと思いますが、会社とは別に共同生活を出来る場を提供して頂いているのはとても有り難いと思っています。

 Aさんには大変厳しいお言葉を頂きましたが、貴重な気づきの機会になりました。


 座禅は敷居の高いイメージがあると思いますし、お寺の修行ほどではないにしてもそれなりの厳しさはあると思います。また、働きながら摂心に参加するのは中々難しいと思うので、人に勧めていいものか迷うところもあります。

 私自身は道場や道友の皆さんがとても好きですので、そのご縁を大切に、今後も座禅修行を続けていきたいと思っています。


合掌 風印 拝



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中央支部摂心会に参加中です

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人間禅道場 2019/9/25 19:40

 擇木道場の風印です。

 市川にある人間禅本部道場で914日~921日まで開催中の中央支部摂心会に参加中です。


 私は14日の夜から参加しました。


中央支部摂心会に参加中です


中央支部摂心会に参加中です


 道場には大量の布団が用意してあるので、それを使って寝泊まりすることもできます。道場で夜遅くまで座禅して、それから帰宅して次の日仕事だと厳しいと思っていたんですが、道場に泊まれば次の日仕事でも何とかなることに最近気付きました^ - ^


 道場に泊まった人は、朝5時に板木(ばんぎ)の音とともに起床し、掃除の後、座禅をします。本部道場には剣道場があるので、剣道の師範が助警[じょけい:警策(けいさく)を持ち、修行者が懈怠(けたい)なく座禅しているかどうかを見廻る役目の人]をしてくれます。助警が目の前に来たときに合掌して頭を下げると、警策で背中を叩いてくれます。上手い人が叩くととてもいい音がしますが、それほど痛くなく、眠気が覚めてスッキリします。


 座禅の後は、お茶のご相伴にあずかりました。毎回違うお茶菓子を頂くのですが、今回は房総支部の道場で取れた栗を甘く味付けしたお菓子でした。柔らかくて奥まで味がしみていて、とても美味しかったです。


 お茶の後は朝食を食べて、皆で作務をしました。私は庭木用の大きなバリカンを使って庭木の剪定をしました。一人では途方もない量に感じてさっぱりやる気になりませんが、皆でやると何故か一生懸命やってしまいます。今回初めて参加された方も頑張って作務をされていたのが微笑ましかったです。私もそれほど参加していませんので、偉そうなことは言えませんけどね(^^;)


中央支部摂心会に参加中です


 作務の休憩に、皆で梨とお菓子を、梅酢を薄めたものとハブ茶を飲みながら食べました。私が葉っぱ塗れになっているのを見て先輩が顔を洗ってきた方が良いよと言ってくれましたが、別の先輩に自分だけ働いてきたような顔をしていると言われました。確かに、普段から自分ばかり大変な思いをしていると感じることもありますので、その自分勝手な気持ちを見透かされたのでしょう。ちょっと反省しました。

 私が剪定した庭木の写真です。


中央支部摂心会に参加中です


 ちょっと不揃いな気もしますが、素人なりに頑張りましたということで、ご容赦下さい(^^;)


 作務の後は再び座禅です。摂心会中は師家(禅の師匠)に参禅(公案を用いて禅問答によって境地を開く臨済禅の修行)することも出来ます。参禅では師家に公案の見解(けんげ:回答のこと)を呈するのですが、公案の答えをネットや本で調べまくったせいでドツボにハマってしまい苦労しました。素直に考えれば分かることでも、難しく考え過ぎて却って答えから遠ざかることもある気がします。分別を知った上で、子どものように素直な心を取り戻すのが座禅の修行なのかもしれません。まあ私は何も分かってませんけどね(^^;)


 摂心会の夜には提唱(摂心会の期間中に行われる講座)があります。私は作務で疲れたのか眠くなってしまいましたが、提唱は「禅の高い境涯から出てくる講座なので、提唱の意味を理解するのはとても難しいものがあるが、頭で理解するよりも全身を耳にしてただ聞けば良いとされる。」そうです。

 今回の題目は十牛図(じゅうぎゅうず)です。十牛図は禅の悟りに至る十のプロセスを牛の絵で表した図です。私もいつか牛のしっぽくらい捉まえられたらなぁと思います。


 今年の6月にタイのスカトー寺に行った時に晴れやかな気分になれたのは、それまでの社会常識や慣習、価値観への囚われから一時的に解放されたからではないかと思います。趣味などでも構いませんが、仕事や家庭とは別に、こんなこともあるよと教えてくれる場を持つのはとても良い事ではないかと思います。

 摂心会中は修行に専念するために修行者同士の会話は出来るだけ控えたり、決められた作法を守る必要があるので、それなりの厳しさはありますが、仕事のような利害関係も無く、様々な年齢や職業の方と接する機会を持つのはとても勉強になります。

 今回の摂心会は21日まで開催中ですので、興味のある方は是非お越し下さい。私も19日の夜から再度参加します。


合掌 風印 拝


<人間禅本部道場>

道場所在地 千葉県市川市国府台6-1-16

電 話 047-372-7572

交通アクセス

●北総線矢切駅下車、徒歩5分

●JR総武線市川駅北口1番乗り場から松戸駅行きor松戸営業所

行きバス乗車、栗山下車、徒歩7分

●JR常磐線・千代田線松戸駅西口3番乗り場から市川駅行きバス

乗車、矢切駅下車徒歩4分


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第340回坐忘会

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人間禅道場 2019/8/20 8:00
 令和葉月の坐忘会が開催されました。

 開催日:令和元年8月18日(日) 場 所:本部道場南寮
 参加者:9名  投句者:5名   投句数:98句

 残念ですが、今回も幽谷先生の欠席余儀なしとなりました。
先生からの酷評が無いのは淋しですが参加者からの辛口の評も多く
あり活発で和やかな会となりました。最高得点者は幽水さんでした。

 参加者が選句した結果、各自の高得点句を紹介します。(順不同)

 淋しさよ土耳古桔梗に嘘を云う       幽 谷先生
 天の川われは地上の人であり        玄 妙

 天の川届くかきらり与論島         元 山
 葭切の雨を促す声高し           道 妙

  サハラ砂漠
 背伸びして手の浸したき天の川       眞 澄
 ニコライの鐘届くかな夏木立        幽 水

 濡れ色の肌艶やかに水羊羹         蕉 山
 盃の手を染め上げる花火かな        竜 穏

  ピアノコンサート
 新涼や連弾続く戸定邸           妙 珠
 銀漢の太陽系のここに住む         義 幸

 蜩や鐘楼の鐘揺れ残る           蜂 生
 坂登る羅の尻くりくりと          桃 雲

 新涼やとある女の身だしなみ        温 雄
  子ども禅の会
 半眼を開けば山百合坐禅堂         慈 啓

(桃雲記)
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四季折々(7)

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人間禅道場 2019/8/19 8:00
  水色を空に(たた)へて大旱(おおひでり) 高橋智門

 昨年の暑さは異常だった。熱中症が多発し、毎日の日照りで、作物は枯れ、不作となった。東京ではキャベツは四分の一に切って売られた。一日でも早く、また少しでも雨が欲しい思いだ。空は真っ青、水色の一色である。この水色が田畑を潤す水であってくれたらと思ってしまう。青空への恨みを、降雨の期待に変えた句であるが、「水を湛える」という慣用句を「空に湛える」とひねった所が面白い。
(『俳林』14号より)

飯田幽水
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第95回青年部摂心会のご報告

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人間禅道場 2019/8/9 6:26

95回青年部摂心会ご報告

 2019721日(日)~27日(土)、本部道場に於いて
95回青年部摂心会が厳修されました。

午後、作務の時間の前半に「法定の形」の指導を5日間実施し、
7月26日(金)夜に徹宵静坐を行いました。
徹宵静坐は、夜12時に参禅のお許しをいただき、
総勢25名以上の参加があり、一緒に熱い夜を過ごすことができました。
ご参加いただきました方々、ご指導いただきました方々に心より感謝申し上げます。
次回は、28日~11日に八王子で青年学生部合同摂心会を予定しております。できるだけ早めの広報を展開しますので、
ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
青年部担当総務 粕谷玉道 九拝
 
 
 

 


 


 
 
 

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 擇木道場の風印です。

 市川にある人間禅本部道場で721日~727日に開催された、青年部座禅会(摂心会)に参加しました。

 

 

 

 

 "青年部"と銘打っておりますが、運営スタッフが青年部中心ということで、参加にあたっては年齢不問どなたでもwelcomeです。途中参加、部分参加もOKです。

 私は仕事の都合で参加できませんでしたが、落語会や徹宵(てっしょう:徹夜で座禅すること)なども催されたそうです。普段殆どお酒を飲まないので懇親会でお酒を飲みたかったのですが、それはまたの機会ということで(笑)

 

 以下、私の摂心会体験記を記載します。

 

 朝5時に板木(ばんぎ)の合図とともに起床します。今回私は板木係を担当させて頂いたのですが、板木を叩くタイミングや強さなど中々難しいです。

 

 

 起床したら直ぐに寝具を片付け、禅堂の掃き掃除と廊下の拭き掃除をします。

 掃除が終わったら着替えをして、5時半から静座をします。今回私は聖侍(しょうじ)を担当させて頂きました。聖侍は道場の出入り口に座って、濫りに堂内に出入りするのを許さない役割をします。静座が始まってから堂内に入るときや、静座中に退席するときは聖侍の前に座って挨拶をしなければなりません。先輩方も私に挨拶して下さるので、恐縮する反面、自分が偉くなったような気がして気分が良かったです(笑)

 静座中には、助警(じょけい)が警策(けいさく)を持って、修行者が懈怠(けたい)なく坐禅しているかどうかを見廻ります。静座中に眠くなったり雑念が湧いてきたときは、助警が自分の前に来たときに合掌して上体を前に倒して姿勢を低くすると背中を叩いてもらえます。誤解されている方もいらっしゃるようですが、いきなり叩かれるのではなく修行者の方からお願いして叩いてもらうのが基本です。剣道の師範が助警をされていることもあるので、背中を叩かれると「バシバシ」と良い音がしますが、良い音がするときはそれほど痛くありません。背中を叩いてもらうと眠気が覚めてスッキリします。

 

 6時半から順番に師家(禅の師匠)の元に伺って参禅を行います。参禅というのは公案を用いて禅問答によって境地を開く臨済禅の修行を言います。公案は難しい漢字で書かれた文やその意味を理解して暗唱したり、身体全体を使って知性ではなく感性で答えを出さなくてはならないので、とても難しいですが面白いです。参禅によって知力・胆力などが養われるのではないかと思いました。

 

 参禅の後は皆でラジオ体操です。ずっと座っていると足が痺れてしまうので、ほっと一息の時間です。

 

 7時半から朝食です。食事の前後には「食前(じきぜん)の文(もん)」「食畢(じきひつ)の偈(げ)」を一同で唱和するのですが、中々覚えられません(^^;)そのうち覚えようと思います。食事は極力無言で食べ、終わったら速やかに片付けをするので、中々付いていくのが大変です。もっとも初心者の方には丁寧にご指導させて頂いておりますので、ご心配には及びません。

 

 今回は朝食の時間にお茶席でお茶を頂きました。

 

 

 

 

 

 お茶席の周りにはモミジの木が植えられていて、とても風情の良い場所でした。秋には見事な紅葉が見られそうです。丁寧にお茶を点てて頂き、お茶もお茶菓子も大変美味しかったです。不調法な私にはよく分かりませんが、お茶碗もとても良い物のように思えました。

 

 8時半から作務です。今回トイレ掃除を割り当てられましたが、「汚いと思うのも分別ではないか」「釈迦は美女を糞尿袋と切り捨てたではないか」などと考えていたら、便器がピカピカに輝いていました(笑)

 

 10時に作務が終わった後、皆でお茶を飲みながらお茶菓子を食べます。作務で疲れた身体に甘いお菓子はとても有り難いです。

 

 10時半から再び静座、11時半から参禅、12時に昼食を取ります。

 昼食後少し時間があるので、私は禅堂で昼寝をしました。

 

 午後2時からは剣道場で法定の型(ほうじょうのかた)の稽古をします。法定の型は普通の剣道と違って、呼吸を重視し、相打ちを旨とするので(型なので実際に打つことはありませんが)、自分を捨てる、相手と一つになる、我もなし彼もなしという所まで徹することを目指す動く禅とも言えます。掛け声とともに相手に打ち込むのはとても気分が良いです。私は大きな声を出しすぎてかなりのハスキーボイスになってしまい、次の日に職場で「その声どうしたの?」と何度も問い質されました(^^;)

 

 午後3時から再び作務です。今回落ち葉の掃き掃除をしました。大量の落ち葉を見て「こんなの時間内に終わらせるのは無理だろ(^^;)」と思いましたが、意外にも時間内に綺麗にすることが出来ました。密かに「俺って意外とやるな」と感心しました。

 

 午後5時に作務が終わったら、再びお茶菓子を食べて一休み。午後6時から夕食です。

 

 午後710分から講本(提唱で読む文を載せた冊子)の下読みをして、午後7時半から提唱(ていしょう:摂心会の期間中に行われる師家による講座)です。今回講本侍者(こうほんじしゃ)という提唱の準備や合図などを行う重要な役割をさせて頂きました。作法を覚えるのが大変で「こんなの覚えられん。無理(^^;)」と思ったのですが、怒られながらも作務をサボって作ったカンペでどうにか乗り切ることが出来ました。様々な役割を与えられてそれを全うするのは、現実生活への予行演習のようなもので、とても良い経験をさせて頂くことが出来ました。

 

 提唱の後は再び静座と参禅を行います。

 

 参禅の後は、真向法(まっこうほう)という身体を伸ばす体操をします。私は身体が固いのでそんなに伸ばせませんが、身体を伸ばすと気持ちが良いです。

 

 午後10時になると開枕(かいちん)と言って、就寝の時間です。

 これだけやると結構疲れるので、私は直ぐに寝ました。

 

 摂心会はそれなりにハードですし、摂心会中は修行者同士の会話は出来るだけ控える決まりがありますので、道場の者が無愛想に感じることがあるかもしれませんが、それはそういうものですのでどうかお気になさらず、興味のある方は是非参加して頂けると幸いです。

 

合掌 風印 拝

 


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