人間禅道場

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ブログ - 現代語で読む『禅茶録』(10)

現代語で読む『禅茶録』(10)

カテゴリ : 
文化系の同好会
執筆 : 
人間禅道場 2016/1/5 10:00
『禅』誌35号から39号まで、寂庵宗澤書『禅茶録』(1828年〈文政11年〉刊)の現代語訳を京葉支部の片野慈啓禅子が連載され、2014年4月に私家本として自費出版されました。

「茶禅一味」を味わう上で参考に供する記述が多いので、訳者片野慈啓禅子より許諾を得て中央支部ブログに転載させていただきます。


(三)茶の意の事(第2段)

 夫れ趣とは到るの義にて、彼の善悪業の因より、有(う)情の者を其の生処(しょうじょ)に到らしむるも是なり。

六趣の迷淪とは、けだし此に迷ふをいふなり。故に仏性には、心を動かすを第一の破戒とし、心を動かさぬが禅定の要なれば、趣を立てて万事を行ふは、禅茶にては、極めて嫌ふ事なり。

然るに、其の心を動し向ふ主意として、茶事をなすゆゑ、本来禅機とは転倒(てんとう)せり。

凡(すべ)て趣とは、一切の物を執(しゅう)して心を動かし、思慮作為を用ふる意なれば、侘をもつて心を動かすゆゑに奢(おごり)を生じ、器物をもつて心を動かすゆゑに寸法を生じ、数奇をもつて心を動かすゆゑに好みを生じ、自然をもつて心を動かすゆゑに創意を生じ、足るを以て心を動かすゆゑ足らざるの念を生じ、禅道をもつて心を動かすゆゑに邪法を生ず。

是くの如く心を動かすは、皆悪趣の因なり。

(三)茶の意の事(第2段)

=現代語訳=

 さて「趣」とは、到(いた)る、という意味で、あの善と悪の行為の原因から、生きとし生ける者をその生まれた所へ行きつかせるのも、これである。

六趣(ろくしゅ)の迷淪(めいりん)とは、これに迷うことをいうのである。だから仏性(ぶっしょう)には、心を動かすことを第一の戒(かい)破りとし、心を動かさないのが禅定(ぜんじょう)の肝要(かんよう)なところであるので、趣向を立ててすべての事を行うのは、禅茶では、きわめて嫌う事なのである。

それなのに、その心を動かすことに重きをおいて茶事(ちゃじ)をやるから、はじめから禅機(ぜんき)とは完全に違っている。

すべて趣向とは一切の物にこだわって心を動かし、思慮、作為(さくい)を用いることなので、侘(わび)にこだわって心を動かすために人より優れている、という自慢の心を生じ、器物(きぶつ)にこだわって心を動かすために細かい寸法のとりきめが生じ、数奇(すき)(奇)にこだわって心を動かすために好き嫌いの好みを生じ、自然にこだわって心を動かすために自分だけの工夫を生じ、足るにこだわって心を動かすために足らない、の思いを生じ、禅道にこだわって心を動かすために邪悪な法を生じる。

このように心を動かすことは、皆悪い趣向のもとである。

転記・改行 剣外


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